睡眠4時間、どん底からの大学受験 プロレス棚橋さん

聞き手・広部憲太郎
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(初出・2014年12月26日朝日新聞デジタル。内容は掲載時点のものです)

プロレスラー 棚橋弘至さん

 高校3年生の時から、読書が好きになりました。現代国語の成績が伸び悩んだので、塾の先生に「文章を読んで活字に慣れなさい」と言われたのがきっかけ。内田康夫さんの「浅見光彦シリーズ」は大体読破したし、大沢在昌さんの「新宿鮫」にも影響されました。

 現代文の問題は全部文章の中に答えがあって、僕は「こんな文章の書き方があるのか」と考えながら読んでいたので、自然と書く能力も身につきました。

 高校入試の時は最後まで進路を悩んでいましたが、父親に「どこの学校に行っても、勉強するのはお前自身だぞ」と言われて、スーッと気持ちが楽になった。岐阜県の大垣西高校にトップクラスの成績で入りました。

1日20時間の猛勉強

 高校で野球部に入った後は、勉強は一切した記憶がないです。練習は午後8時ごろまでで、帰ったら午後9時過ぎ。テレビも見たいしゲームもやりたい。素振りもしないといけない。成績は底辺まで落ちました。

 夢は中日ドラゴンズの選手でしたが、僕は普通校の7番レフト。努力では届かない才能を感じて夢がつぶれた。でも、落ち込んでいる時間はもったいない。次はプロ野球を扱う新聞記者になろうと思い、マスコミ系や社会学部系の大学進学を考えました。本腰を入れて勉強したのは高3の夏からです。当時の睡眠時間が1日3、4時間。若いし部活を引退したばかりで無理が利き、1日20時間くらい勉強していました。

 自分の声を吹き込んだ古文や英語の問題集を聞きながら登校して、休み時間はトイレ以外一切席を立たず、友達に英単語の問題を出してもらいました。放課後も塾に行って帰宅が午後10時くらいで、勉強して寝るのが午前3、4時。一番伸びたのは英語です。英熟語の本はすり切れるまで反復して、単語帳もボロボロになりました。

 それでも、やる気が出ない日は一切勉強せず、朝から晩まで大好きなプロレスを見ていました。やり過ぎたと思った翌日は、反動で勉強ができる。受験生もストレスを抱えているから、遊ぶときは限界まで遊んだ方がいいと思います。

 勉強を始めた時は偏差値50で、最終的には65くらいまで上がりました。受験した大学は全部合格しましたが、2月末に立命館大法学部が残っていた。記念受験のつもりでしたが、現役合格して目を疑いました。「勉強するのはお前自身」という父親の言葉を体現できたと思いました。

大学中退も考えたけど

 運命の分かれ道は大学入学直後。プロレス同好会の前でレスラーの入場曲が流れて、先輩がリングコスチュームで暴れている。同好会の会長に「プロレスラーになれるんですか」と聞いたら「なれるぞ」と。当時体重が65キロしかなかったのに、なれると思ってしまった。大学のクラスの自己紹介で、みんなが弁護士などの夢を語る中、「プロレスラーになる」と宣言しました。言えば後に引けなくなる。女の子には話しかけてもらえなくなりましたが。

 学生生活は筋トレレスリングが中心です。学内はトレーニング機材が充実していて、強豪で知られるアメフット部も使っていました。鍛え方では彼らにも負けないぞ、と対抗していました。体重も卒業時には90キロに増えました。

 3年生の時、3度目の挑戦で新日本プロレスの入門テストに合格。大学を中退しようと思いましたが、大先輩の長州力さんから「この仕事は何が起こるか分からない。大学は出ておけ」と言われました。4年生で58単位も残していたから、相当勉強しましたね。1~4限目まで大教室の最前列に座って、授業後は筋トレやレスリング。人生で一番充実していた時間でした。

 大学を卒業して本当に良かった。プロレスラーだけど勉強ができる、というのが棚橋のレスラー像になったし、奥行きの深さにもつながりました。

 集中力は勉強で培ったし、読書からはプロレスラーに必要な起承転結も学びました。プロレスはいきなり大技を出したら面白くない。序盤で駆け引きを見てもらい、中盤は派手に動いたり相手の技に耐えたりして、起承転結の「結」に向かって走る。30分ほどの試合時間に、推理小説1冊分の充実感をぎゅっと詰める試合をしたいです。

 受験生の皆さんに伝えたいのは、勉強できる環境を作ってくれる親御さんへの感謝です。みんな自分の夢をかなえるために頑張っているけど、もう一歩考えを進めて、合格した時に喜ぶ両親の顔を思い浮かべてほしい。それが受験シーズン最終盤のエネルギーになると思うんです。

     ◇

 たなはし・ひろし 岐阜県生まれ。1999年に新日本プロレスに入門し、トップレスラーに。今年のプロレス大賞MVPを受賞。15年1月4日の東京ドーム大会で、団体最高峰のIWGPヘビー級王者としてオカダ・カズチカの挑戦を受ける。38歳。(聞き手・広部憲太郎)

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