欧米メーカーが席巻してきた高級ホーロー鍋の市場で、「メード・イン・ジャパン」の鍋が大ヒットしている。精密加工の下請けメーカーとして磨いた技術を生かして自社ブランド商品を開発。海外にも打って出る。

(日経ビジネス2018年3月5日号より転載)

鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」は金属を型に流して作る
鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」は金属を型に流して作る

 刻んだ野菜を鍋に入れて、塩とこしょうだけで味付けして、火にかける。しばらくコトコト煮込んだ後にできるのは、野菜の味が引き出されたおいしいスープ。実は鍋に秘密があり、水は一切使っていない。

 「水なしで調理できる鍋」。こんな触れ込みでヒットを続けているのが、名古屋市に本社を置く愛知ドビーの「バーミキュラ」だ。

 バーミキュラは、鋳型に金属を流し込んで作った鍋の表面に、ガラス質の釉薬を高温で焼き付けた「鋳物ホーロー鍋」。一般的な製品は数千円だが、バーミキュラは3万円前後と高い。それでも2010年の発売以来、累計30万個を売る人気商品になっている。

8万円の炊飯器が大ヒット

鋳物ホーロー鍋を使った炊飯器
<span class="title-b">鋳物ホーロー鍋を使った炊飯器</span>
加熱する温度を自動調整する「ポットヒーター」に鍋を載せて調理

 2016年12月には、鋳物ホーロー鍋を使った炊飯器「バーミキュラ ライスポット」も発売。こちらも約8万円の高級品ながら5万個を売り、注文してから数カ月待ちのヒットになっている。

DATA
愛知ドビー
1947年設立
本社 愛知県名古屋市中川区宗円町1-28
資本金 1650万円
社長 土方邦裕
売上高 44億5500万円
(2017年11月期)
従業員数 250人
事業内容 鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」の製造・販売
鋳物ホーロー鍋と炊飯器で急成長
●愛知ドビーの売上高推移
<span class="title-b">鋳物ホーロー鍋と炊飯器で急成長</span><br />●愛知ドビーの売上高推移

 愛知ドビーは1947年の設立で、社名は織機の「ドビー機」に由来する。現在の土方邦裕社長は3代目で、祖父が創業した。日本の織物産業の衰退に伴い、80年代には船舶や建設機械向けの鋳造部品製造や精密加工業を営むようになった。「簡単に言えば大手メーカーの下請けだった」(土方社長)

 そんな同社がどうして鋳物ホーロー鍋の開発に乗り出したのか。それは下請けゆえに直面する不安定な経営状態から脱却するためだ。

 90年代までは、技術力を買われて注文に事欠かなかったが、「中国メーカーとの競争が激化し、価格を3分の1に引き下げてほしいと要求されるなど、単価は下落する一方だった」(土方社長)。2000年ごろには、愛知ドビーの業績は大幅に悪化していた。

 家業を立て直すため、01年、土方社長は勤めていた豊田通商を辞め、愛知ドビーに入社。06年には弟の土方智晴副社長も、トヨタ自動車を辞めて合流した。2人は製造や営業で活躍したが、不安は消えない。「厳しい競争の中で注文が得られず、下請けの中での序列が低いことを痛感した」(土方副社長)

 なんとかして下請けから脱却したい。そう考えた土方兄弟は、07年、自社ブランド製品の開発を決意する。資金が乏しい中、長年培った鋳物と精密加工の技術で、ユニークな製品を生み出せないかを必死になって考えた。

 注目したのが、海外製の鋳物ホーロー鍋と、無水で調理できる密閉型のステンレス鍋だ。「海外製のホーロー鍋で作った料理を食べたら、驚くようなおいしさだった」(土方副社長)

 だが、既存の鋳物ホーロー鍋は、鋳型の微妙な形のズレや鍋とフタの表面の凹凸により、密閉することが難しい。自社の鋳物と精密加工の技術を駆使して、ステンレス鍋並みに密閉性の高い鋳物ホーロー鍋を実現できれば、海外メーカーに勝てると考えた。

 開発期間は3カ月を予定していたが、納得できる鍋はできない。1年、2年と月日は流れ、試作品は1万個を超えたという。なんとか製品化にこぎつけた時には、実に3年が経過していた。「何度もくじけそうになったが、あきらめなかった。我々にはそれしかなかったからだ」と土方社長は当時を振り返る。

 こうして開発した鋳物ホーロー鍋のバーミキュラは、鍋とふたの隙間が0.01mm以下という密閉性が生む料理のおいしさや、メード・イン・ジャパンの高い品質が、口コミなどで次第に評判になり、飛ぶように売れていった。

優れた技能を持つ職人の手作業で、鋳物ホーロー鍋の高い密閉性を実現している
優れた技能を持つ職人の手作業で、鋳物ホーロー鍋の高い密閉性を実現している

 さらに「使って楽しんでもらえる鍋」というコンセプトを掲げ、火加減や調理方法が通常とは異なる無水調理ならではのレシピを積極的に公開。コールセンターで、料理の悩み相談に対応する体制も構築した。

 例えば、「子どもが小麦と卵アレルギーなので、それらを使わずにお菓子を作れないか」というある母親からの問い合わせに対しては、「米粉とサツマイモを使った蒸しパンケーキのレシピがあります」と答えたりする。これは社内のコールセンターの隣にある大きなキッチンで、2人のレシピ担当の専門スタッフが開発したものだ。

 高品質の鍋と豊富なレシピを提供するサービス体制。この両輪がバーミキュラの快進撃を支えている。

 海外進出も視野に入れるが、土方社長には不安があった。バーミキュラに関するインターネット上の書き込みに、レシピ通りに調理しても、火加減などの問題で調理がうまくいかなかったという声が散見されたからだった。「誰でも簡単に調理できなければ、鍋の特長を引き出して楽しんでもらうことができない」(土方社長)

温度を自動調整するヒーター

 そこで開発したのが、バーミキュラで調理する際の温度を全自動で調整する家電「ポットヒーター」だ。高級炊飯器が人気の日本では、ポットヒーターの上にバーミキュラを載せて使う「ライスポット」として販売する。もちろん鶏の丸焼きやローストビーフなど欧米人が好む料理も簡単に調理できる。「手軽さを売りに海外でも勝負したい」(土方社長)。既に米国に支社を設立し、市場開拓の準備を急いでいる。

 愛知ドビーは、バーミキュラの成長に伴い、昨年で下請けの仕事を終了した。鋳物や精密加工の職人たちは、自社ブランド製品の開発・製造に専念できるようになり、モチベーションが高まっているという。「世界中の家庭にバーミキュラを広めたい」。土方社長の挑戦は第2幕を迎える。

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