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国連事務総長と安倍首相会談に関する報道に疑問 特別報告者・共謀罪について、食い違うプレスリリース。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
安倍首相と国連事務総長の会談の様子を伝える国連プレスリリース

■  共謀罪がプライバシー権を侵害する懸念。

今週から参議院で、テロ等準備罪、いわゆる共謀罪に関する審議が始まっています。

この件では、5月18日に、国連特別報告者で、「プライバシー権」担当のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が、「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」として懸念を表明する書簡を安倍晋三首相あてに送った、と報道されています。

私たちの人権に関わる重要なことですので、ヒューマンライツ・ナウのウェブサイトにレターの全文を和約して公表しています。

是非国会の審議でも十分に応えてほしいところです。そして、ネットユーザーの皆さんにも是非考えていただきたいところです。

■ 政府の反応

この書簡をめぐっては、政府はすぐに「抗議」。報道によれば、以下の対応だったそうです。

菅義偉官房長官は22日午前の会見で、人権状況などを調査・監視する国連特別報告者が「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案はプライバシーや表現の自由を制約するおそれがあるとの書簡を安倍晋三首相に送ったことについて、「不適切なものであり、強く抗議を行っている」と述べた。

菅官房長官は「特別報告者という立場は独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であり、国連の立場を反映するものではない」と強調。「プライバシーの権利や表現の自由などを不当に制約する恣意的運用がなされるということはまったく当たらない」との見方を示した。

国連特別報告者は国連の立場を代表するものではない、として無視してもよいかのような言動には疑問の声が沸き起こり、私たちも記者会見を行いました。この抗議に対し、カナタチ氏からも再反論が出るなどしてヒートアップしています。

■ 国連事務総長と安倍首相の会談

このごたごたをスマートに解決して見せたかに見えたのが安倍首相。G7でイタリアに訪問した際に安倍首相が国連の新事務総長であるグテーレス氏と会談。その様子が、一斉に報道されましたが、そのなかで、この特別報告者の問題が言及されました。

特別報告者の位置づけがこのようなハイレベルの会談で話し合われるのは大変奇異(外交や国際情勢について語り合うのが普通ですから)に思われましたが、安倍首相もこの問題を重視している表れでしょうか。

例えば読売新聞では

グテレス氏は日本の国会で審議中の組織犯罪処罰法改正案(テロ準備罪法案)を巡り、国連人権理事会の特別報告者が懸念を伝える書簡を首相に送ったことについて、「必ずしも国連の総意を反映するものではない」との見解を明らかにした。

NHKでは

安倍総理大臣が、慰安婦問題をめぐる日韓合意の実施の重要性を指摘したのに対し、グテーレス氏は、日韓合意を支持する考えを示しました。

一方、グテーレス氏は、各国の人権状況を調査する国連人権理事会の特別報告者について、国連とは別の個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の総意を反映するものではないという考えを示しました。

国連人権理事会の特別報告者は、先に「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法案について、「表現の自由への過度の制限につながる可能性がある」などと懸念を示す書簡を安倍総理大臣に送付しています。

他方、Japan Timesをみると、

Over Cannataci’s claims, Guterres told Abe the special rapporteur acts as an individual, separate from the United Nations, and that the rapporteur’s views do not necessary reflect the opinion of the world body, according to the ministry.

とありまして、内容は概ね同じではあるのですが、 according to the ministry、という説明があります。

このministryというのは外務省のことを指すものですので、外務省の言っていることを報道したのか、ということが推測できるものです。

■ 一方、国連側のリリースは

ところで、国連もこの会談についてプレスリリースを出しています。

画像

その内容は、以下のとおり。

Regarding the report of Special Rapporteurs, the Secretary-General told the Prime Minister that Special Rapporteurs are experts that are independent and report directly to the Human Rights Council.

和約すると、

「特別報告者について、事務総長は首相に、特別報告者は国連人権理事会に直接報告をする独立した専門家であると説明しました」

とだけ書いてあり、報道と食い違っていますね。

また、NHKが報じた慰安婦問題についても

During their meeting in Sicily, the Secretary-General and Prime Minister Abe did discuss the issue of so-called “comfort women”. The Secretary-General agreed that this is a matter to be solved by an agreement between Japan and the Republic of Korea. The Secretary-General did not pronounce himself on the content of a specific agreement but on the principle that it is up to the two countries to define the nature and the content of the solution for this issue.

大まかに訳すると、事務総長は、慰安婦問題は日本と韓国の間で話し合って解決する問題だということに同意しました。事務総長は、特定の合意の内容について言及しませんでしたが、原則として解決の内容や性質は2国間で決める問題だとしました、ということです。

このようにみると、日本の報道と、国連事務総長のプレスリリースの内容が明らかに、食い違っています。

■ どうして各社は、日本政府よりの報道をしたのか?

ここで私が感じた感想としては、この差はどうして生じてしまったか、ということと、その怖さです。

10分間と言われる会談は、果たしてメディア公開で行われ、メディアは内容を全部聞いたうえで、独自の取材により報道したのでしょうか。

もしくは、Japan Timesが引用するように、会議の内容を後で伝えた外務省からの情報をそのまま、真実として報道したのでしょうか。

後者が事の真相であり、かつメディアが国連事務所に裏取りもせず、独自取材もなく、外務省の言を鵜呑みにしているのだとすると、やはりちょっと怖いですね。

結局話が食い違うなか、どちらの言っていることが正しいのかわかりませんが、もし政府の言うなりに報道してしまった、となると、これはそれこそ、大本営発表というものではないのでしょうか。

この食い違いがどこで生じたかわかりません。英語の会話でもあるでしょうし、人間はおうおうにして自分の都合のよいように解釈しがちではあります。しかし、仮に会談に参加した首相や外相がちょっと自分たちに有利に解釈してしまったとしても、それが一人歩きしてしまうのは怖いですね。

私もまさか大本営発表のような報道だったと信じたくはありませんので、経緯を是非知りたいものです。

そして、言うまでもなく、権力監視はメディアの大切な役割ですから、政府の言うなりに報道することが今後とも万が一にもないことを切に望むものです。

また、日本政府に対しても、情報のミスリードにつながるようなことはなかったのか、きちんと検証してほしいと望みます。

■ 国連特別報告者の勧告に真摯に向き合うことは国際公約

この話、そろそろ本筋に戻すべきではないでしょうか。私たちのプライバシーの権利に関わる問題、国連の専門家から出された懸念の内容に立ち返って、今一度、よく検討するということです。

実は、日本は昨年、国連人権理事会の理事国選挙に立候補、当選し、今や世界に47か国しかない人権理事国となっています。

人権理事国には、人権理事会の機能をサポートすること、世界的に高い人権の水準を国内でも維持して、世界に範を示すことが求められています。

この理事国選挙に先立ち、日本政府は、自発的に「今後こういう人権に関する貢献をしていく」ということを自発的誓約として発表しています。  

その中には、こんなことが書かれています。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や特別手続の役割を重視。特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため,今後もしっかりと協力していく。

特別手続、というのは、特別報告者が国別、テーマ別に調査し、報告書を公表し、各国に人権状況の改善を促し、改善を進めていくというプロセスのことです。

「特別報告者との有意義かつ建設的な対話」というのはまさに、今回のカナタチさんから出された書簡などにきちんと応じ、対話を通じて問題を解決していくことです。

国連事務総長と安倍首相がどんな話をしたにせよ、自発的に誓約したことはきちんと守るべきです。

国連から出された懸念について、真摯に今一度向き合い、プライバシーの権利侵害に対するセーフガードが果たして十分なのか、ぜひ参議院では慎重な審議を求めたいと思います。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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