2017年1月14日(土)に実施された、平成29年度入学者向けの大学入試センター試験「国語」の古文『木草物語』について、本文の現代語訳(全訳、現代日本語訳)を作成いたしました。(漢文はこちら

 

取り急ぎ作ったため、不確かなところもございますが、受験生あるいはセンター試験同日模試などを受験した生徒さんにとって、少しでも内容の概要把握にお役立ていただけたら幸いです。

 

お気づきの点はコメントなどでご指導いただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。


【リード文】
次の文章は、『木草物語』の一節で、主人公の菊君(本文では「君」)が側近の蔵人(本文では「主」)の屋敷を訪れた場面である。

 

【本文書き出し】
にはかのことなれば、主は「御まうけもしあへず…

 

【現代語訳】
 (菊君のご訪問が)急なことなので、蔵人は「おもてなしの準備もできませんで、とても恐れ多いお出ましであるなぁ」と、急いで、肴(食事)を探し求め、お供の人々の方は騒いで振舞う中、菊君は「涼しいところに」と言って、家の端近のところに行って物に寄りかかって、ちょっとくつろいでいらっしゃるご様子や場所柄は、まして比べるものもないほど素敵に見えなさる。

 

 隣という家もとても近く、ちょっとした透垣などもめぐらしているところに、夕顔の花がたくさん咲いている様子は、(菊君にとっては)見慣れてはいらっしゃらないが、趣深いとご覧になる。少し暮れかかっている草露の輝きも目立っているので、(庭に)降り立って、この夕顔の花を一房取りなさると、透垣の少し空いているところから(向こうの様子を)覗きなさると、尼の暮らしているところであると見えて、閼伽棚にちょっとした草の花などを摘んで散らしているものを、五十歳くらいの尼が出てきて、水で洗い清めるなどしている。花を入れる器に数珠がこすれ、さらさらと鳴っているのもとてもしみじみ趣深いところに、また奥の方からそっと膝行して出てきた人がいる。年齢は20歳くらいであると見え、とても色白でこじんまりとしている女性で、髪の毛先はちょうど座っている高さくらいで毛量豊かに広がっているのは、この女性も尼であるのだろうか、黄昏時のよく見えない状態で見ているので、はっきりとも判別できなさらない。(若い女性は)片手にお経を持っているのだが、何であろうか、この老いた尼にささやいてちょっと笑っている様子は、このような質素な暮らしには似合わないほどに、上品でかわいらしい。とても若いのに、一体どのような発心からこのように出家しているのだろうか、と、ちょっとしたことに気が向くご習性なので、菊君は(この女性のことを)とても素敵であると見捨て難くお思いになる。
 
 蔵人は、果物などをふさわしい様子に持ってきて、「せめてこれだけでもお召し上がりください」とあれこれ世話をするが、菊君は中にお入りになっても、それらの食事などは目に入れなさらない。とてもしみじみ素敵な女性を見たんだなぁ(と)、(あの女性が)尼でなかったなら、想いを遂げることなしには自分の恋心を抑えられない気持ちがして、人のいないときに、おそばにお仕えしている童に質問しなさる。「この隣の人はどういう人か。知っているかい」とおっしゃると、「蔵人のきょうだいの尼(である)と申しました女性が、ここ数ヶ月は山里に暮らしていましたのに、最近一時的にこちらに出て来て(いるこんなときに)、菊君がこうして突然にお越しになったことが間が悪いことであるといって、蔵人は大変機嫌を悪くしています」と申し上げる。「その尼は、年齢は何歳くらいであるか」とさらに質問しなさると、「五十歳くらいにもなりましょうか。娘でとても若い娘も、同じように出家をして、とお聞きしたのは、本当でございましょうか。身分の程度よりも下賤な感じがせず、この上なく誇り高き人であるため、きっと世がすっかり嫌になっていますとかいうことでしょうか。本当に仏様に仕える気高さは素晴らしゅうございます」と言って笑いなさる。(菊君は)「しみじみ素晴らしいことだなぁ。それほど悟った人に、無常の世のお話なども申し上げたい気持ちがするので、突然のとりとめもない話も罪深いだろうが、(向こうは)どう言うだろうか、ぜひ試しに私のことも取り次いでくれないか」と言って、ご自分の畳紙に(書いた歌)、

 

「(夕顔に)露がかかるように、このように(あなたに対して)抱く恋心も、むなしいものです。黄昏時にほのかに見た、(そちらの)おうちの夕顔(=あなた)」

 

 童は納得もせず、何か事情があるのだろうと思って、(手紙を)懐に入れて持って行った。

 

 (女性を垣間見た)余韻にぼんやりふけっていらっしゃると、人々は菊君のおそばに参上し、蔵人も、「手持無沙汰でいらっしゃるだろう」と言って、色々と世間話などを申し上げるうちに、夜もひどく更けて行くので、菊君は、かの女性からのお返事がとても気になるため、都合の悪い人の多さをつらく思うので、眠そうに振舞いなさって物に寄りかかって横になりなさると、人々は菊君に「さあ、早くお休みになってしまってください」と言って、蔵人もそっと(邸の)中へ入った。

 

 やっとのことで童が帰参したので、「どうであるか」と質問しなさると、「『このようなご連絡をお受けするのにふさわしい人も全くおりません。場所間違いであろうか』と、あの老いた尼は、予想外なように申し上げた」と言って、
「『出家している(者の住む)粗末な家のみすぼらしい中に、どのような夕顔の花(=女性)を見たのか、そんな者はいないはずだ
このように申し上げなさってください』とはぐらかしていましたので、(私は)帰って参りました」と(童は)申し上げるので、(取り次がせた)甲斐がないものの、(そのように返すのも)もっともなことであると何度もお考えになると、寝付きなさることができない。不思議なほどに、可愛かった面影が、夢ではない(実際の)枕のところにぴったりと寄り添っているような気がして、「近くにいるけれども(逢えなくてつらい)」と独り言をおっしゃる。