コラム:米国の安全保障を揺るがすトランプ関税
Trevor Kincaid
[5日 ロイター] - トランプ米大統領の通商問題での強硬発言に、世界の怒りは爆発寸前だ。大統領令に署名するだけで、トランプ氏は世界の貿易システムを解体し、生活必需品の価格を上昇させ、米企業の競争力をそぎ、欧州の同盟国との関係を悪化させ、さらには中国に貿易障壁を基盤とした新たな安全保障を築く余地を与えかねない。
米大統領はまた、通商政策で良き「遺産」を築く真の機会を失うだろう。
トランプ氏は先週、自動車エンジンから高層ビル、さらにはビール缶まで、あらゆるものの原料に使われている鉄鋼とアルミニウムの輸入関税を引き上げる方針を表明し、市場に衝撃を与えた。
製造業において、原料の関税が引き上げられれば、上昇分は価格に反映されて最終的には消費者の負担となる。これは経済の基本だ。エコノミストは、トランプ氏の方針では、米国では保護されるよりも脅かされる雇用の方がずっと多くなるとの見方で一致する。
世界中の専門家が展開を注視している。世界貿易機関(WTO)のアゼベド事務局長は最近、「他国のこれまでの反応を見ると、事態悪化の公算が大きい。貿易戦争は誰のためにもならない。WTOは状況を注視している」と発言した。
貿易戦争は、誰の利益にもならない。
直近の貿易戦争を覚えている人は、今ではほとんどいないだろう。大恐慌の痛みを悪化させ、第2次世界大戦を引き起こした過激な政治主義の呼び水になったと見る向きもある。
その貿易戦争は、輸入関税の引き上げにより、米産業を保護して貿易赤字を反転できるとして、米議会が同盟国からの警告も聞かずに1930年に可決したスムート・ホーリー関税法を契機に始まった。この法律で導入された新たな関税は、米国の貿易相手国から激しい報復を招いた。
結果は急激かつ深刻だった。1929─1933年、米国の輸入は66%減少し、輸出も61%減った。労働者は職を、農業者は顧客を失い、日用品の価格は上昇した。
トランプ米大統領は、同じような報復合戦となる貿易戦争に点火する一歩手前にいる。
米国が関税を引き上げれば、欧州は即座に米国の主要輸出品を標的とした対抗措置を取るだろう。中国とカナダ、メキシコも、それぞれ独自の報復に出る可能性がある。
トランプ氏はすでに、その場合には対応を一段引き上げて、欧州から米国に輸入される自動車の関税引き上げを目指すと発言している。ただこれには、正式な手続きか米議会の承認が必要になる。
トランプ氏による鉄鋼とアルミニウムの関税引き上げは、医療費やガソリン価格の上昇で多くの人が苦しんでいるさなかに、あらゆる日用品の価格を釣り上げる結果になる。
鉄鋼産業で巨額の利益を上げたロス商務長官は、中間所得層がさらなる負担増に反発するとの懸念を一蹴した。
「いったいどこに困る人がいるというのか」と、ロス氏は尋ねてみせた。
しかし、重要市場に輸出できなくなった米国の産業は、生産量を減らし、稼働時間を削減し、労働者を解雇し、閉鎖に追い込まれる可能性もある。
このような経済的苦痛を引き起こすことに対する安全保障上の理論的根拠には、当惑を感じる。これは容易に反発を招き、米国の安全を一層損なう前例となるだろう。
米国の主要鉄鋼輸入先は、カナダや韓国、メキシコや欧州連合(EU)などの同盟国を含む。中国は11位だ。トランプ氏の脆弱(ぜいじゃく)な理屈では、中国や他の国が、あいまいな安全保障の理論を隠れみのに独自の貿易障壁を築くことを許す結果になりかねない。
オバマ前政権が、中国のレアアース輸出規制に対してWTOへの提訴に踏み切ったのは、こうした懸念からだった。レアアースは、ハイブリッド自動車のバッテリーや、風力発電のタービンなどに使われている。また、レーザー照準機器のほか、F35「ライトニングII」戦闘機の生産にも利用される。
オバマ政権は、日本やEUと連携して中国と対決し、勝利した。それにより、「パンドラの箱」を封印し、通商システムに基づいたルールを強化した。
世界が第2次世界大戦の戦災から復興しようとしていた時、米国は、ルールに基づいた国際通商の枠組み作りを主導した。こうしたルールや関係機関は、100年近くにわたって大小の国々に自信を与え、平和で公平な紛争解決の手段を提供してきた。
国際ルールの執行は、システムの健全性と全ての貿易協定の成功の鍵だ。アカウンタビリティーなしに、システムは機能しない。
もし米政府がこうしたルールを迂回(うかい)して「ならず者」として振る舞うなら、トランプ氏は、米国がリーダーシップを明け渡し、中国の影響が台頭するのを容認したことになる。米国に、自ら築いたシステムに背を向けさせることになるだろう。
世界で鉄鋼の生産が過剰になり、原因は中国にあると考えているのは、トランプ氏1人ではない。20カ国・地域(G20)は鉄鋼過剰生産問題を協議する場を設置した。だがこのシステムには、関係国の協力と改革が不可欠だ。
トランプ氏には、通商政策で良き遺産を築く機会がある。国際秩序を解体することではなく、それを強化し、更新することによってだ。
米国は、中国に厳しい態度で臨むべきだ。
中国とそれ以外の世界との間の貿易は不均衡で、世界各国による約束事に抵触している。WTO加盟国のほとんどが市場を開放するなか、中国は自国市場を閉鎖している。EUと米国は法の支配の下で動いているが、中国は、他国が時間や資金、才能を投資した知的財産を盗んでいる。
トランプ氏には、指導力を示して世界を主導する機会が十二分にある。だが、「厳しい態度」が「苦難」である必要はない。
*筆者はオバマ政権の米通商代表部次官補代理。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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