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◆まっすぐに見えても

2017年05月26日 07時55分30秒 | 聖書

人の目にはまっすぐに見える道がある。
その道の終わりは死の道である。   (箴言一四12)
まっすぐに見える道をまっすぐに行き死んでしまう。――こんなことがあるでしょうか。あるのです。数年前、ハイキング中の小学校五年生の子どもたちが標識を見落とし、曲がるべき所を曲がらず、まっすぐ行ってしまいました。先頭の子が一六五メートルの崖下に転落して、即死でした。何と気の毒なことでしょう。親や先生の苦しみは、想像に余ります。
ここをまっすぐ行けばいいんだ。みんなも行っているじゃないか。――そう考えていると、思わぬ死の穴が待っています。多くの大人は、金もうけに熱心です。事業・仕事・働きには一生懸命です。そうして、このようにまっしぐらに生きていればOK、とにかくこの道こそ、一直線にまっすぐ幸せにつながっていると考えています。そして、何のために生きるのか、人間はどこから来て、どこへ行くのかについては考えようとしません。人生のほんとうの目的・いのち・死などということに、あまり心を用いません。みんなが歩いていく広い道だからといって、また、それがまっすぐに見えるからといって、そこが安全ではないのです。
人生の道を歩く時は、道標に従って歩くべきです。そして、ほんとうに道を知っている人に聞くべきではないでしょうか。人生のほんとうのリーダーは、だれでしょうか。この人がいいだろうか。あの人についていけばとうろうろしているうちに、結局だれからも放り出されて独りぼっちになった話もよく聞きます。
だれが何と言おうとも、神に聞き従う生活には確かさがあります。どんなに弱く知識がない幼児でも、親といっしょにいて親に従って歩めば安全です。私たちを生んでくださった造り主である神は、ひとり子イエス・キリストをお与えになったほど、私たちを愛していてくださいます。この神に聞き従うことこそ、いのちの道なのです。
 
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