Kindle絵本部門第1位を獲得した絵本作家は、重工業会社で経験した「地獄」を力に変えていた――挑戦をあきらめる前に読んでほしい、ごみたの仕事論

「いつかこうなりたい」という夢を抱きながらも、一歩が踏み出せずにいる人は少なくありません。結果を出せるかどうか不安で、途中で諦めてしまったりする人も多いのではないでしょうか。今回ご紹介するごみたこずえさんは、絵本作家になる夢をかなえるプロセスとして、あえて異業種での社会経験を積むことを選択。仕事でさまざまな経験をした後、33歳で夢を実現させました。ごみたさんのチャレンジングな働き方と、夢に向かって進み続けるためのマインドについて伺いました。

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ごみたこずえ

1982年生まれ、埼玉県さいたま市出身。2007年に北海道大学大学院理学院物理学専攻を修了後、輸送機設計専門派遣会社に入社し、重工業会社に派遣され8年勤める。2015年に会社を退社し、絵本作家・イラストレーターとして現在活躍中。

重工業会社での「地獄」から得たもの

――絵本作家になるために、重工業の仕事に就くことをあえてしたのはなぜですか?

絵本作家になりたいという気持ちはずっとありました。そのきっかけをつくってくれたのは、子どもの頃に読んでいた科学雑誌です。本に描かれた科学の世界の話や挿絵を見て、ワクワクしたのを覚えています。あわせて、テレビや映画などの映像美にも心がひかれ、科学も絵本もやってみたいと思い、大学進学時に理系か美術系かで選択に迷いました。でも、最終的に選んだのは理系。「人に感動や共感をしてもらえるような絵本を作る上で、多くの人が背負う苦労を知らずに描くのは無責任なのでは?」という考えが大きく影響し、卒業後は重工業の仕事に就きました。

――絵本作りのために、社会経験を積むことを選択したのですね。絵本作家になる夢を持ちながら、重工業会社に勤務してみていかがでしたか。

スケジュールに追いつけず、「朝方まで仕事をし、お風呂に入るためだけに帰宅する」なんてこともありました。自分の大きなミスで損害を出してしまったこともあり、担当を外してほしいとお願いするほど、その時は自信を失いましたね。

やりきった後は、仕事に対する“達成感や連帯感”が得られました。「この仕事が生み出す結果に対する誇り」を持って続けていたから得られたことだと思います。だからこそがんばることができました。でも、私は人とぶつかることも多く、大げんかをして夜中に会社で泣いたこともありました。

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▲2017年7月発刊「うちゅうのそとをみてきたんだ」は、第11回文芸社えほん大賞絵本部門優秀賞受賞。

https://cozuegomita.wixsite.com/gomita-kozue-jp/blank-8

――職場の人間関係で悩むことはありますよね。ごみたさんはどのようにして切り抜けたのですか?

相手にどんなに腹が立っていても、じっくり肯定的に見つめることで、理解できることに気づきました。お互いそれぞれの「道理」があり、その道理が違っていることに気づかないまま、自分を通そうとするからぶつかってしまう。相手がなぜそう言うのかは、話せば話すほどだんだん伝わってくるものです。無理に共感することはできないまでも、相手を理解し、「自分がやりたいことや目指すことを進めるに、相手とどう付き合えばよいかを探す」ようにしました。今ではその職場も職場の人たちも大好きです。

――相手を肯定的にとらえて理解していくことで、自分の目指すものに進んでいけるのですね。そういった経験を重ねながら、いつキャリアチェンジをしようと思ったのですか。

辛くて辞めようと思ったことは何度もありました。でも、「苦労を体験するために社会に出たのに、それを乗り越えないで出てしまっては意味がない」と踏み止まりました。結果的に8年勤め、33歳の時、「この会社が好きだ」と思える時に自分が担当する業務に一区切りがついたので、退職を決めました。

それと、社内では私がイラストを描くのが好きで、絵本作家を目指していることは知られていて、仕事仲間がその時「やってみたらいい。だめなら戻ってくればいいのだから」と言ってくれたことで、勇気づけられたのもあります。でも、当てもなく辞めたわけではありません。一定の生活ができるだけの収入が得られ、かつ絵本を描く気持ちが途切れないように、イラストレーターのアルバイト先を見つけてからやめましたね。

――夢のための礎づくりがしっかりできたことで、キャリアチェンジができたのですね。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

自身の経験を通して、絵本で伝える「現実」と「夢」に対する考え方

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――絵本作家として、大人向けの絵本を描くことを選んだのはなぜですか?

もともとは子どもの絵本を描くことを考えていました。でも、私が描きたいのは、生きていく中で私自身が見つけた面白いことや、ワクワクしたこと。それを「大人とも共有できたらいいな」と思うようになりました。大人はそれぞれの価値観や世界観が出来上がっていますが、作家が絵で演出した世界観なら新しいものも受け入れやすく、自分の世界をさらに広げてもらえるのではと、大人の絵本に可能性を感じています。

――前職で経験したことや悩んだことが、作家活動にどんなふうに生きていますか。

“幸せ”についての考え方を、とても大切にするようになりました。何か行動するときに「これが幸せにつながるのか」、怒りを抱いたときは「この思いをぶつけることが、幸せにつながるのか、得なのか」を考えるようにしています。不運に見舞われたとしても、「踏み出したことは間違っていない。どんな状況下でも良いことはあるはず。それを探すことに幸せがある」――そのことを表現していきたいですね。

――大人向けの絵本が楽しめる電子書籍「絵本屋.com」で発表された『どうか幸せになって』には、多くのメッセージが込められていますが、ご自身の経験からによるものですか。

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▲『どうか幸せになって』は、ごみたさんが絵本作家として初めて発表した作品。Kindle絵本部門第1位になった。

この物語は、同じ本を読んだ3人がそれぞれの捉え方で、自分の幸せにつなげていく話で、その3人を通して伝えたいテーマが3つあります。(1)幸せは願えば少しずつでも近づくけど、諦めてしまっては近づくこともない。(2)誰かを恨むことでは、幸せにはなれない。(3)どんなに辛い中にも、幸せが隠れている。

(1)は、「『どうせ上手くいくわけない』と、踏み出すことに臆病になるなよ」、という作家になりたての自分に対して言った言葉でもありました。(2)は、父が幼い頃医療ミスによって父の兄である私の伯父が亡くなった時に祖父が、関係者を恨むことなく、「医師にこの経験を今後に生かしてもらいたい」と、願ったという話を聞いたことが元になっています。(3)は、私が交通事故で目の正常な機能を失い、医師から一生治らないと言われた経験から来ています(現在は治癒している)。一時は絵本作家になるのも、絵を描くことも難しいと、絶望の淵に立たされました。しかし、かつての祖父の姿勢に学び「人とは見え方(視界)が異なるのだから、自分しか表現できない独自の世界観・価値観があるのではないか」と思い探したことで、希望を得ることができた体験からのものです。

――そういった実体験からのメッセージだからこそ、力強く伝わってくるのですね。読者からもさまざまな反響があるようですね。

読者から「気持ちが伝わってくる絵ですね」「幸せにつながりました」という言葉をいただいた時は、とてもうれしかったですね。これからも、読んだ人の幸せにつながる作品を描いていきたいです。ですから、“空気感やあたたかさ、背景にある物語”を大切にして現実の中にある幸せを浮かび上がらせることを意識して描いています。そして、読み手の目線を考え、自分が伝えたいことは、「どんな人にどんな伝え方をすればよいか」を意識して作るようにしています。

――伝えたい人と事がしっかり絵本に込められているから、読者が自分の幸せと結び付けられるのですね。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

現状に不満ならば、飛び出して「次は何をする?」を考える

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▲『ゆめみたことがすべてのはじまり』は、「夢に向かうことの大切さ」をテーマとした物語。ラジオドラマの脚本をもとにしたシリーズ作品で、ホラーミステリーである『君とみる夢』の関連作品でもある。

――夢に向かってチャレンジしたくても、二の足を踏んでしまう人が少なくありません。どんな心構えがあれば、一歩踏み出すことができるでしょうか。

二の足を踏むことは、無理もない事だと思います。チャレンジすることは賭けであり、リスクを伴うことですから。また、現状に幸せを見出せるのであれば、諦めることは悪いこととは限りません。でも、「現状に満足できているのか」「こんなはずじゃなかったとずっと思い続けてはいないか」「本当の幸せなのか」と考えた時に、今の自分に満足だと言い切れないのであれば、飛び出すべきだと思います。踏み出してみないと「何をどうしたらうまくいくか」などわからないですから。

飛び出してみたら失敗もすると思うんですよ……何度も。でも、失敗をして「じゃあどうしようか?」と考えることで勉強にもなります。そして、それを積み重ねて諦めない限りは、上手くいく方に流れていくと思いますね。

――『君とみる夢』では、やりたいことに向かって進むことの大切さや、悲しみの中にもある幸せが伝わる作品ですね。ごみたさんが考える“幸せ”の本質とはどんなことでしょう。

やりたいことがかなわなかったとしても、それに向かってやっている間にどうするのが幸せなのか、状況は変わっていくと思います。ですから、今考えている目的がかなうかどうかでビクビクするよりも、「次は何をする?」という選択をしていけば、必ず幸せに繋がるのではないかと思います。自分がやりたいことに向かって進む間に得られるものの中にこそ“幸せ”があるのではないでしょうか。

――当初、夢と違う仕事でさまざまな経験をし、33歳で夢に向かって踏み出した五味田さん。チャレンジした経験がステップとなって、今の絵本作りの仕事につながっています。仕事を一通り覚え、社会人生活を一様に経験して迎える30歳代、「幸せのための選択をする一つのタイミング」なのかもしれません。

取材・文/Loco共感編集部 後藤菜穂

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