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東京を巡る対談 月一更新

林かんな(映像翻訳者・世界ワーカー)×平本正宏 対談 ホドロフスキーに魅せられて飛び込んだ映画の世界

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林かんな(映像翻訳家・世界ワーカー×平本正宏 対談

収録日:2018年2月15日

収録地:東中野

撮影:moco

編集:矢本祥子

〈アレハンドロ・ホドロフスキー映画の魅力の正体は自己セラピー〉

平本 今日は翻訳家の林かんなさんをお迎えします。かんなさんはアレハンドロ・ホドロフスキー監督の映画を翻訳されていて、ぜひお話を伺いたく思っていたので、今日は嬉しいです。

今日のための予習という感じで、「リアリティのダンス」(監督:アレハンドロ・ホドロフスキー、字幕:林かんな)を昨日見直しました。ホドロフスキー作品の翻訳は難しいのですか?
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 彼の作品には詩が多いので、その詩をどう訳すかは大変でしたね。ただ、彼がずっと一貫して主張していることは、なじみがあったので共感しながら訳していた部分もあります。

大学時代にまず「エル・トポ」を観て、それから「ホーリー・マウンテン」、「サンタ・サングレ」と日本での公開順に観ました。ホドロフスキーの場合、ほとんどの人は最初に観た作品が一番好きっていう人が多いんですけど、わたしもご多分に漏れず、最初の「エル・トポ」でガツンとやられてしまい、そこからカタギに戻れない体になってしまいましたね。ホドロフスキー作品ってビジュアル的に強烈じゃないですか。だから内容も荒唐無稽なものだとずっと思っていました。

2002年に久しぶりにバルセロナに遊びに行ったときに本屋さんの心理学のコーナーでアレハンドロ・ホドロフスキーの「La danza de la realidad」(「リアリティのダンス」の原作)を見つけました。えっ!? あのホドロフスキー!? と思って買って読み始めました。300ページ以上ある本だったんですけど、なんとかこれを日本で出版できないかと思って企画書を書き、部分訳をつけて何人かの編集者の方に見せたりしてました。

その当時の私は1999年に映像翻訳者としてスタートしたばかりで年に1、2本を翻訳するというペースでしたので実績はまだ全然ありませんでした。翌年の2003年にエスピーオーからタロットカード付きのボックスセットが発売されたんです。その中に未公開だった「ファンド&リス」があったので、「なんで翻訳者は私じゃないんだよー!」ってものすごく悔しかったのを覚えています。でも、まあ、ほぼ実績がなかったので、当然なんですけどね。

その頃は2年に1回くらいのペースでバルセロナに行ってました。ホドロフスキーは結構たくさん本を出しているんですよ。向こうの新聞エル・パイスだったかな? その日曜版についてくる小冊子の相談コーナーでコラムを書いていたそうです。2004~5年くらいに現地の人たちにホドロフスキーについて聞くと、「あー、あのコラムニストの人でしょ?」とか「心理学の人でしょ?」っていう返事で、カルト映画の監督という印象ではなかったですね。

「リアリティのダンス」を読むと、前半は彼の自伝なんですが、後半は彼が編み出したセラピー、”サイコマジック”のことが書かれています。映画を見たらわかると思うんですけど、彼は自分のお父さんからものすごいトラウマを植え付けられているんですよ。それを克服するために自分の心をいかに健康にするかということをずっと突き詰めていて、そのセラピーとして制作したのが、「エル・トポ」、「ホーリー・マウンテン」、「サンタ・サングレ」だとわかりました。全て一貫したセラピーだったのです。

平本 あの映画たちが、自分のためのセラピーだったとは。知りませんでした。

 映画を作ることで自己セラピーをし、その形が極まったのが「リアリティのダンス」からの三部作なんですけど、初期の彼にはまだアーティストとしての自己顕示欲もあったし、自分のお父さんを乗り越えたことを証明したがっていたことがその本を読んでいくと分かってきます。

そこでもう一度「エル・トポ」を見直すと、これがそうか!と本の内容が確認できました。「エル・トポ」というのは主人公がそれぞれのマスターと対決して、その対決に勝つことでそのマスターたちを自分の中に取り込んでいく。「ホーリー・マウンテン」で集まってる人たちが魂の修行をするのは、ホドロフスキー自身が映画を媒介にして本当に実践しようとしたことなんですよ。途中にシャーマンが出てきますよね。あれは山中や村で見つけた本物の人に映画に出てもらってるんです。

平本 え、あれは映画の中の、役なんじゃないんですか?

 役でも、役者でもないんですよ。集まった人たちも、ある種の自己啓発セミナー的な目的だったり、スピリチュアルな生活を求めていた人たちです、実際に。

平本 なんか、すごい映画なんですね。あの世界観は、本当にリアルな人たちによって作られているんですね。映画という虚構の世界なのに、そこに存在する人たちは現実でもその姿をしている。ホドロフスキー作品の魅力の謎が一つ解けた感じがします。

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