社民党 京都府連合 野崎靖仁 副主席語録
社会民主党 中央規律委員 野崎靖仁、55歳。
日々の思いを綴ります。
 



葉室麟、冲方丁、伊東潤、上田秀人、天野純希、矢野隆、吉川永青の
7人の作家によるアンソロジー『決戦!関ヶ原』(講談社)を読む。



関ヶ原の戦いを扱った小説と言えば、やはり司馬遼太郎の『関ヶ原』です。

8/26公開「関ヶ原」予告編(ロングバージョン)


7人の作家が関ヶ原の戦いをどう料理するか。
そこが楽しみになります。

伊東潤「人を致して」は、関ヶ原の戦いが
石田三成と徳川家康の「裏シナリオ」に沿って行われた、
として描かれています。

豊臣恩顧の武功派大名を合戦で潰し合わせ、、
家康を天下人とする代わりに豊臣家の安堵を求めるというもの。

シナリオ通りに動きながらも、あわよくば互いを出し抜こうと、
虚々実々の駆け引きを行う家康と三成。

関ヶ原の戦いの中心が豊臣系の武将だったとする
笠谷和比古氏の説を踏まえて、ストーリーが組まれているのでしょう。

事前のシナリオと実際の展開の齟齬、というところも
リアルさを醸し出しています。


吉川永青「笹を噛ませよ」 は、福島正則の家臣、可児才蔵が主役。

打ち取った首の口に笹を噛ませて印とした、という逸話の持ち主です。

関ヶ原での先陣を福島隊が務めるはずが、
井伊直政に出し抜かれてしまった可児才蔵。

井伊直政を討ち取るべく、才蔵は乱戦の中へ突入します。

そこで直政の取った行動は…

井伊直政の粋な計らいが光ります。


天野純希「有楽斎の城」は、信長の弟、有楽斎こと織田長益が主役です。

武人としての才能に恵まれなかった長益は有楽斎と名乗り、
茶人の道に生きがいを見つけます。

そんな有楽斎が武人としての名誉を手にせんと挑んだのが、
関ヶ原の戦い。

果たして、その顛末は…

やっぱり、武人には向いていなかった有楽斎。

それでも勝ち組の一員として功名を得るのですが、
その経緯が有楽斎のモノローグという形で
どことなくユーモラスにえがかれています。

 
上田秀人「無為秀家」は、五大老の一員で西軍として戦った
宇喜多秀家のモノローグ、というか、全編が愚痴です。

秀吉の猶子として優遇された秀家は、
秀吉の遺児・秀頼を守るべく家康に決戦を挑みます。

ところが、家臣団の対立により宇喜多家は弱体化。
痛手から立ち直る余裕のないままに関ヶ原に突入します。

勝利のために何を為すべきかを悟ったときには、
小早川秀秋の裏切りで西軍は敗北していました。

秀家の愚痴、という形ではありますが、
宇喜多家の内紛による弱体化を策した、
家康の謀略の冴えがそこから見えてきます。


矢野隆「丸に十文字」は島津義弘が主役です。

山本博文『島津義弘の賭け』(中公文庫)でも述べられているように、
当時の島津家の当主は義弘の兄、義久でした。

当主の弟でしかない義弘に、島津家の兵を動かす権限はありません。

家康との「男の約束」で伏見城の守りを務めることになった義弘は、
行きがかり上、西軍の一員として関ヶ原の戦いに参加します。

不本意なまま合戦に突入した義弘とその軍勢。

ほとんど動くことのなかった義弘が戦いを決意したのは、
合戦の雌雄が決した後のことでした。

義弘が向かったのは…

東軍の総大将、徳川家康の本陣。

いわゆる「島津の敵中突破」を描いていますが、
敵中突破による退却、ではなく、
あくまでも家康の首を狙っての突撃、という解釈です。

テルモピュライの戦いを思わせる島津勢の奮戦でした。


冲方丁「真紅の米」は、小早川秀秋が主人公です。

秀吉の一族でありながら、才能を隠して生きてきた秀秋。
朝鮮出兵で武将としての才能を発揮し、民政にも見識を示します。

そんな秀秋の願いは、「米が欲しい」。

たくさんの米が取れる国づくり。
戦乱のない泰平を実現すること。

その思いから、秀秋は関ヶ原の戦いに臨みます。

東軍を勝利に導き、岡山藩55万石の国づくりを進める、秀秋改め秀詮。

そして…

これまで凡庸な人物として描かれてきた小早川秀秋を、
優れた見識を持つ武将として描いています。

秀秋の後に筑前を領した黒田長政が、
秀秋が実施した石高制の記録を大切に守らせてきたことが
最後に書かれています。

「すなわち秀秋の統治が、その後の筑前における国作りの礎になったのである。」

最後の一文は、秀秋に対する最大の賛辞にほかなりません。


葉室麟「孤狼なり」は、安国寺恵瓊の策略に乗せられる形で、
石田三成が挙兵したというストーリーになっています。

三成と家康を戦わせ、毛利家が漁夫の利を得んとする「駆虎呑狼の策」。

毛利家を西軍に参加させるには恵瓊の策に乗らざる得なかった三成ですが、
豊臣家を守るために「孤狼」となった三成の秘策とは…

これも笠谷和比古氏の「二重公儀体制」説を踏まえた
ストーリーの展開になっています。

ちなみに「二重公儀体制」とは、関ヶ原の戦いの後、
東国は徳川家康が、豊臣系大名が多い西国は豊臣秀頼が支配する、
という形で徳川公儀と豊臣公儀が東西に併存していた、というものです。


関ヶ原の戦いを描いた小説のスタンダードは司馬遼太郎の『関ヶ原』ですが、
その後の学説を踏まえた新しい解釈の小説が生み出されているところに、
このジャンルの尽きせぬ無力があります。

文庫化もされているので、手に取りやすい一冊です。

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