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「Jアラート」からの警鐘

2017年9月 1日 07:15

0-市HP.png 福岡市から海を隔てて北側に韓国、その先に北朝鮮がある。その危機感からだろうか、福岡市のホームページには、ドーンと「市民の皆さんへお知らせ ミサイルが落下する可能性がある場合の対応」というページのバナーが張られている。
 人口156万人、大都市福岡の市民をミサイルから守る福岡市の策とはどのようなものか?クリックしてみたところ、全国瞬時警報システム(Jアラート)の情報発信以外に対応策を講じていない、政府や自治体の“無策ぶり”が浮き彫りとなった。

■これで命が守れるか?
 開けてビックリ、あまりに簡単で拍子抜けする内容だ(下の画面参照)。Jアラートを受信したら、屋外にいた場合はすみやかに屋内に移動。逃げる先は、地下施設やコンクリート製のビルがベターで、避難する場所がなければ頭を抱えて地面に伏せろというのである。たったこれだけ。ミサイルが飛来するというのに、これで生命が守れるはずがない。要は気休め。役所として、最低のことはしていますと言いたいのだろう。

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■日本上空を北朝鮮ミサイル通過
 そうした中、早朝の日本の上空を、実際にミサイルが飛行した。29日午前5時58分、北朝鮮の放った中距離弾道ミサイルは、北海道襟裳岬の上空を通過し、14分後に襟裳岬の東1,180kmの太平洋上に落下した。

 領土内に着弾する恐れがある場合などの緊急事態を知らせる全国瞬時警報システム(Jアラート)は、ミサイル発射から3分後の6時2分に北海道や東北、北関東、甲信越地方の一部で響き渡った。聞きなれない携帯電話の音、テレビなどから発せられる警告に驚いた市民も多かったという。
下表でミサイル発射から落下、その後、エムネット(緊急情報ネットワークシステム。Jアラート以前からある方式で、国から自治体に情報が送られる)が本件にかかわる続報を伝え終えるまでの動きをまとめた。

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 Jアラートは、国民の命を守るための重要な情報システム。現在の日本においては、政府が国民に提供できる、最低限のミサイル対応策なのだ。そのシステムが国民の命を守る役割を果たし得たのか?内閣官房に話を聞いた。
 ――「Jアラートの内容などは発表している通りです。Jアラートを受けて、国民がどのような行動をとったかなどの検証は、消防庁が担っています」(内閣官房担当者)

 検証は内閣府ではなく、消防庁が担っているという。ではJアラートによる情報発信の結果、市民がどのような動きをしたのか、どのような声が入ってきているのか、消防庁に問い合わせた。
 ――「私たち消防庁はJアラートに不具合がなかったか、不具合があった場合、今回もいくつかの不具合がありましたが、原因の究明などを行います。Jアラートを受けて国民の避難行動はどうだったかの効果測定や検証は現段階ではやっていませんし、今のところ、やる予定もありません。これまでも検証はされていなかったと思います」(消防庁担当者)

 Jアラートの情報に基ずく国民の避難状況については、検証してこなかったし、これからも検証する予定はない、という。内閣府も、消防庁も逃げ腰。無責任な政府に憤りを禁じ得ない。こうなると、どこまで本気で国民を守ろうとしているのか、確かめねばならない。都市部ではビルや地下に避難することが可能だが、住宅地や田園地帯、漁村では『頑丈な建物や地下に避難してください』などという対応は不可能なのだ。“田舎はどうする!”――その点を詰めると、消防庁は「私たちは伝えるシステムを担っています。文言については内閣官房が決めていますので…」(消防庁担当者)。まさに、お役所仕事である。

 Jアラートの文言は内閣官房がつくり、発信の仕組みは消防庁が担う。情報発信の効果の検証について、内閣官房は「消防庁が担う」としているが、文言の作成を内閣官房がしている以上、その効果を消防庁が検証するのは不適当だろう。実際、消防庁は検証をしていないし、する予定もないという。内閣官房もやりっ放し。つまり、Jアラートで「ミサイルか来るぞ」と発信して終わりというわけだ。政府に、本気で国民を守ろうと意思はない。

■えりも町「町民が避難した情報はない」
 では、実際にJアラートの情報を受け取った関係自治体では何が起きていたのか?着弾点にもっとも近い(とはいえ1,200kmちかく離れているが)えりも町に、Jアラートが発信された時とその後の様子を聞いた。町の担当者はこう話す。
 ――「早朝ということもあり、町内で騒動は発生しませんでした。問い合わせは昨日で数十件ありましたが、今日は数件です。避難をしたなどといった話しも役場には入ってきていません。Jアラート、エムネットは通信エラーで町としては発信できませんでした。国に対しては不具合の報告をする予定はありますが、町民の避難状況、行動などに関する報告を上げる予定はありません」

 まずJアラート、エムネットが通信エラーを起こしていた時点で論外。“話にならない”とはこのことだ。しかし、個人の携帯電話などにはJアラートが届いていたのは確かで、多くの町民は状況を知っていたということになる。問題は、Jアラートの効果を町役場として確認できなかった、ということだろう。地面に伏せて頭を抱えた町民がいたのか、いなかったのか――。それさえ分からないというのが、実態なのである。Jアラートは機能していない。

■お役所仕事の限界 危機感薄い国民
 福岡市に話をもどそう。156万市民の生命を守る準備はできているのか。今回の発射を踏まえ、改めて福岡市に取材した。
「福岡市では8月30日早朝からウェブページのトップに『ミサイルが落下する可能性がある場合の対応』というバナーを張り付けています。今回のミサイルの発射を受けて、自主的にトップに張ることにしました。ウェブページに掲載している内容は内閣官房の発表をもとに市役所で議論して決めたものです。福岡市としてはJアラートやミサイル関連の周知活動は市役所ウェブページで主に行っています。その他の手段として、市役所や区役所にチラシを配布することを4月に行いましたが、全部署に行きわたっているわけではないですし、それが活用されているかは把握していません」(福岡市担当者)

 福岡市のホームページ上で確認できるように、同市が発信している情報は内閣官房で出されている内容とほとんど違いはない。「議論した」としているが、これで市民を守れると本気で考えた結果なのかどうか、疑わしくなってしまう。また、事前に周知活動や避難訓練などを行っているかという質問にははっきりと「していない」と答えている。

 国も自治体も、ミサイルに対して策がないのが現状。北朝鮮からの弾道ミサイルは発射から着弾まで数分、長くても10分程度の猶予しかない。その間にできることはJアラートによる伝達だけである。そのJアラートについて、文言や効果の検証がされていないというのは、余りに稚拙な対応だろう。地方自治体は、政府以上に無防備。国が示した情報を転載するにとどまり、それ以上の行動はとっていない。

■虚しく響く安倍首相の言葉
 危機管理能力に疑問符が付く“お役所”の対応――。Jアラートの情報を受け取っても行動に移さない国民の危機感のなさ――。数の力で集団的自衛権の行使容認や安保法制を決めた折、安倍晋三首相は、「国民の生命・財産を守るため」だと胸を張った。やっぱり、安倍さんは嘘つき。集団的自衛権でも安保法制でも、国民の命は守れない。Jアラートが鳴らしているのは、じつは無策な国家への警鐘なのである。



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