現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

古田足日「さよなら未明 ―日本近代童話の本質―」現代児童文学論所収

2021-08-14 09:18:31 | 参考文献

 1950年代に行われた童話伝統批判の論争の中でも、もっとも有名な論文のひとつです。
 著者は、日本の近代童話の本質は、原始心性にあって、書かれているものは呪術・呪文であり、未分化の児童文学であると定義しています。
 言葉が強いので、一見ひどく批判しているように読めてしまうのですが、実際には童話という表現形式は認めており、それと「児童文学」をイコールと考えることに異議を示しているのです。
 そして、現代の子どもたちに必要な児童文学は、童話ではなく、もっと散文性を備えた、現実の子どもたちへの関心を持ったものとしています。
 ここではまだ、それらとならんで「現代児童文学」の特長とされる「変革の意志」に対する明確なメッセージはありませんが、子どもを発展する存在と考え、彼らにエネルギーを与えるものが児童文学であるとし、それができない「近代童話」とは決別しなければならないと主張しています。
 著者は、近代童話を支えてきたものは、作家の童話的資質によるものとして、小川未明の資質と作品は「童話」としては高く評価しています。
 問題は、それに対する安易な追随者たちや模倣者たちで、彼らが童話イコール児童文学と錯覚していることを繰り返し批判しています(この論文が書かれてから60年以上が経過しましたが、今でもそのような追随者や模倣者たちが数多くいるのが現状です)。
 繰り返しますが、「童話」は子どものためのものではなく、文学のひとつのジャンル(著者は、明治自然主義に対するアンチテーゼのひとつとしての、大正ロマン派運動の所産としています)であり、作者と読者の双方にある「永遠の童心」(生命の連続性に根差しています)に支えられた文学なのです。
 こうした著者の近代童話の分析は、その本質をよくとらえており、英米児童文学との単純な比較で未明たちを批判した「子どもと文学」(それらの記事を参照してください)とは一線を画しています。
 ただ惜しむらくは、この論文の書き方は、抽象的で難解な点が多く、若かった著者の気負いも随所に感じられて、平明な言葉で書かれた「子どもと文学」ほど、その後の児童文学の書き手たちに影響を与えなかったようです。
 初めての児童文学の専門書として、17歳の時に「子どもと文学」を読んだ私自身も、その明快な論理(今思ってみると、英米児童文学の論理に乗っかっていただけのところが多く、この論文の著者ほどの独自性はなかったのですが)に強く惹かれました。
 著者は、近代童話の作家の中で、小川未明を、その原始的エネルギーと童話的資質の高さから、近代童話の作家として一番高く評価しています(それだからこそ、「さよなら未明」と自分自身にも宣言しなければならなかったのでしょう)。
 浜田広介は、未明のような強烈な資質を持たないので、近代童話の弱点である作家の主体性を欠いた小児性に陥っているとしています。
 千葉省三に関しては、散文性の萌芽は認めつつも、広介と同様な小児性に陥っているとしています。
 著者が児童文学との関連で一番高く評価しているのは、坪田譲治です。
 譲治の作品世界にも原始心性があることを指摘しつつも、「散文性の獲得」、時代の典型の子ども像としての「善太と三平」の創造などを評価しています。
 「善太と三平」に関しては、平凡な日常を描いただけの子ども向けの作品(生活童話)よりも大人の中で葛藤する二人を描いた「風の中の子供」の方を高く評価しています。
 児童文学を勉強し始めたころは、明確に「未明」、「広介」、「譲治」を否定し、「省三」、「賢治」、「南吉」を肯定した、「子どもと文学」の方に共感していた(子どものころに読んだ児童文学がほとんど海外の作品だったからでしょう)のですが、「現代児童文学」が終焉(その記事を参照してください)した現在では、私自身の考えはかなり変わってきています。
 未明たちの「近代童話(広介のような小児性も含めて)」も、「子どもと文学」が主張していた英米児童文学流の児童文学も、著者たちが目指していた「変革の文学」も、それぞれ相対的なものにすぎなかったのではないでしょうか。
 そして、それぞれの「児童文学」の中で、素晴らしい作品もあり、またくだらない作品(近代童話の場合は、残酷な言い方になりますが「童話的資質」に乏しい作家が書いた作品、「子どもと文学」でいえば「おもしろく、はっきりわかりやすい」が中身のない作品、「少年文学宣言派」でいえば「テーマ主義に陥っていておもしろくない」作品)もあることだけは事実でしょう。

現代児童文学論―近代童話批判 (1959年)
クリエーター情報なし
くろしお出版

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