◇映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』~リック・ホールのソウル・サーチン | 吉岡正晴のソウル・サーチン

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◇映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』~リック・ホールのソウル・サーチン

(若干ネタばれがありますが、大勢に影響はありません。どうしても事前情報をいれたくないかたは、映画鑑賞後にごらんください。また映画観賞を迷われている方はぜひお読みください)

【Movie “Muscle Shoals” : Rick Hall’s Soul Searchin】

主観。

ドキュメンタリーというのは、10人の監督がたとえばまったく同じ100時間の映像素材から2時間のものを作ったとしても、10の違ったストーリーが生まれる。その監督の切り取り方、フォーカスの当て方が一番重要なのだ。そして出来上がった1本のドキュメンタリー作品も、10人が見れば10通りの見方をする。自分が思い入れがあるところのエピソードや曲は印象に残っていく。さらに、同じ1本のドキュメンタリー映像を同じ人間が見ても、時間を経てから見ると、また違った視点で見ること、感じることができる。そして優れたドキュメンタリーであればあるほど、多くの人が多くを語りだす。ドキュメンタリーとはそれほど、主観的なものになる。

さて、このドキュメンタリー映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』も、そんな見ごたえのある何度でも見たくなるドキュメンタリー作品だ。もちろん、ここに出てくるアーティストのレコードを知っている人が見れば、そんなエピソードがあったのかと、間違いなく大興奮する一方、仮に何も知らなくとも、深南部(ディープ・サウス)の小さなスタジオから生まれた音楽や人の物語に興味をそそられるだろう。

人口1万6千。

このドキュメンタリー映画は、アメリカ南部アラバマ州にある人口1万6千人(=2010年、1960年代は4000人程度)の小さな田舎街にリック・ホールという作詞・作曲家・ミュージシャンがレコーディング・スタジオ、「フェイム・スタジオ」を作り、その周辺のシンガー、ミュージシャンたちと「マッスル・ショールズ・サウンド」を生み出し、そのサウンドがアメリカ中、イギリス、そして、世界に広がっていった様子を古いアーカイヴ映像やインタヴューを存分に使い描くもの。

マッスル・ショールズは、音楽のメッカ、ナッシュヴィル、メンフィスからともに車で約3時間弱という位置にあり、両町からのアーティストも来やすかったが、ナッシュヴィルともメンフィスとも違うサウンドを生み出した。

紆余曲折の人生を歩んできたリック・ホールが育てたスタジオ・ミュージシャンたちのグループが独立し、別のスタジオ「マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ」を設立してちょっとした「戦い」になったり、アリーサ・フランクリンのレコーディング最中にトラブルが起こったりする。そして、多くのミュージシャンがこの「マッスル・ショールズ・サウンド」の「魔法(マジック)」の秘密を語ろうとする。

ミック・ジャガーやキース・リチャーズ、ボノ、スティーヴィー・ウィンウッド、ポール・サイモン、ウィルソン・ピケット、アリーサ・フランクリンら多くのミュージシャンを魅了したそのサウンドの秘密は何か。

中でも語られるが土地がサウンドを作る、というのはとても重要だ。このマッスル・ショールズの横にはテネシー川が流れる。この川は「歌う川」と呼ばれた。川だけでなく多くの湿地帯があり水が豊潤だ。その水に育まれた森や林や木、ただただ続く綿花畑、そして水と自然がこの地を作り、この地が、この泥が、この水が人間を作る。そこに育った人間が「マッスル・ショールズ・サウンド」を作る。この土地のソウルは、訪れた人にもしみつく、と言う。そして、スティーヴィー・ウィンウッドは「風景の違いが音に現れる」とさえ言う。美しい映像とともに、マッスル・ショールズという土地柄が導入部で実にうまく描かれる。

誕生。

そして、この物語の成功の大半は、リック・ホールというプロデューサーが、実にこだわりにこだわってレコードを作り続けたことに尽きる。ときにはあまりにミュージシャンやシンガーたちに厳しい要求をつきつけて反感を買うこともあった。だがやはり出来上がった作品は間違いなく「匠が作り出した傑作」だった。

リック・ホールが「マッスル・ショールズ・サウンドの誕生」と語るアーサー・アレギザンダーの「ユー・ベター・ムーヴ・オン」のレコーディング映像、パーシー・スレッジの回想、パーシーの「男が女を愛するとき」をアトランティックのジェリー・ウェクスラーに売り込むシーン、多くのソウル・ヒットのバックを支えていたのは地元の白人だという事実、そして、アメリカ国内でも特に人種差別の厳しい1960年代のアラバマ州においての、スタジオ内での黒人と白人間になんの対立もないこと、そして、リックに育てられたスワンパーズのある種の裏切り、アリーサが初めてマッスル・ショールズにやってきたときのエピソード、アーカイヴなど、本作品は「歴史が起こっているまさにその瞬間」へ、我々をいざなってくれる。

リック・ホールの人生の中でいくつも挫折と拒絶があった。幼い頃弟が事故死する。それがきっかけとなり母親が家出、父親に育てられる。結婚して妻が交通事故死、父親もトラクターの運転を誤り事故死という身近な死を自身の人生のモチヴェーションにしてリックは、「ここで何かを成し遂げたかった。大物になりたかった」と強烈な思いを秘める。

「打ちのめされないと生き残れない。甘やかされた奴はじきに路頭に迷う」とリックは言う。だからリックの厳しさは、彼が歩んできた友達のいなかった辛い人生がにじみ出ているのだろう。

投影。

クラレンス・カーターが歌う名曲「パッチェス」(1970年7月からヒット、ソウル・チャート2位、ポップ・チャート4位、ゴールド・ディスク獲得。オリジナルはジェネラル・ジョンソンが書いたもので、彼のチェアメン・オブ・ザ・ボードの作品)は、リック・ホールの人生がかぶされていた曲だったことを、今回この映画で初めて知った。これはヒットした当時よく好きで7インチ・シングルを聴いていたが、まさかその裏にリックのこれほどの「思い入れ」があったとは。その「思い入れ」を知って、改めて聞き直すと、実に感慨深い。

『パッチェス』一部

He said, Patches
I'm dependin' on you, son
To pull the family through
My son, it's all left up to you
Two days later Papa passed away, and
I became a man that day

~~父が言った。「パッチェス(つぎはぎ)よ、私は息子のお前をあてにしてる
家族をしっかり頼んだぞ
息子よ、みんなお前にかかってるんだ」
それから2日後、父は亡くなり、僕はその日、男になったんだ~~

リックが自身、父を失った喪失感とこの曲のメッセージを重ねたのは自然なことだった。

クラレンス・カーターが語る「それまで、外で白人と会うと、彼らには『ミスター・ジミー』とか『ミスター・だれそれ』と言っていたが、ここ(スタジオ)では、ミスターなんてつけずにファーストネームで呼び合っていた。つまり、レコードが黒人白人の人種への考え方を覆したのだ。誰も同じ人間だということを」という言葉は、いかに当時、このスタジオ、マッスル・ショールズが特異であったかを表す。そしてドキュメンタリーでは、人種差別政策を推し進めたジョージ・ウォーレス・アラバマ州知事のアーカイヴ映像もでてくる。

奇跡。

もちろん、マッスル・ショールズのリック・ホールに加えて、ニューヨークのアトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラーが果たした役割もとてつもなく大きい。リックという大きなダイナマイトの導火線に火をつけたのが、ジェリーだといっても過言ではない。

この映画では触れられていないが、この地のラジオ局では白人のカントリー・ミュージックと黒人のソウル・ミュージックが何の違和感もなく同じようにかけられていたという。確かに、カントリーとソウルのルーツはこうした南部では一緒だ。だからこそ、白人のミュージシャンが黒人のバックをつけることも自然に起こったのだろう。

デトロイトでベリー・ゴーディー・ジュニアという人物が起こしたモータウンという奇跡と同様のことが、はるか南部のマッスル・ショールズという土地でリック・ホールによって起こされた。そうしたダイナミックなストーリーの一部がこの映像の中に描かれている。

僕は個人的には、この映画はまさにリック・ホールのソウル・サーチンの物語として見た。

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再会。

映画本編ではリック・ホールとデイヴィッド・フッド、ロジャー・ホーキンズ、ジミー・ジョンソンが再会しハグをするシーンがちょっとだけ出てくる。DVDのエクストラ・トラックでは、実はこの先、4人がのんびり昔話をするシーンがある。

リック・ホールと袂を分かち、同じ街にジェリー・ウェクスラーのバックアップの元、その名も「マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ」を建てた彼らとリックは、長い間、口もきかない状態だった。それが40年の歳月を経て、またこのドキュメンタリー作品のために、4人が揃って穏やかに昔を振り返る。時とともに考え方、感じ方も変わり、結局、「時間が解決した」ということだ。

貧困に生まれ、多くの「拒絶」をされて、ひたすらレコード作りに没頭して、たくさんのヒットを生み出してきた「音楽人」リック・ホール。2013年にこの映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』でスポットを浴び、さらに、彼は今年2014年、グラミー賞「トラスティーズ・アワード」を受賞した。「ソウル・サーチンの物語」としては、決して悪くない。

映画では直接描かれていないが、2013年6月、これまでノエル・ウェブスターという人物が1999年に買い取っていたものの、ずっと稼働していなかった3614ジャクソン・ハイウェイの「マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ」を、ザ・マッスル・ショールズ・ミュージック基金が買い取った。同基金は、同地での音楽の歴史を保存したり、同地での音楽発展のために活動している団体。まず15万ドルの資金を集め、さらに改築のために40万ドルが必要だという。同基金は、ここを博物館にする。そして、この基金を運営しているのが、ロドニー・ホール、リック・ホールの息子だ。

つまり、父が裏切られてできたスタジオが、いま、その父の息子によって買い取られ、歴史博物館となろうとしている。まさに歴史の点と点が一本の円になり、一回転した瞬間だ。

マッスル・ショールズ・ミュージック・ファウンデーション

http://www.msmusicfoundation.org/

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■ 初日トーク・イヴェントにピーター・バラカンさんと吉岡正晴登場

2014年7月12日(土)の新宿シネマカリテで公開初日の初回上映後12時20分過ぎから、ピーター・バラカンさんと吉岡正晴が、映画について30分程度トークします。ここの映画館は、2日前からの予約になります。7月10日に映画館で初日初回10時20分上映回のチケットをご購入いただくか、前売り券を座席券に交換してください。座席は70~90席です。

会場 新宿シネマカリテ
〒160-0022 東京都新宿区3丁目37-12新宿NOWAビルB1F TEL:03-3352-5645
日時 映画上映開始2014年7月12日(土)午前10時20分
トークショー 午後12時20分頃から30分程度
トークパネル ピーター・バラカン、吉岡正晴
入場料 映画チケットの代金のみ

http://qualite.musashino-k.jp/#1404277125

映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』初日トークショーにバラカンさんと吉岡が出ます
2014年07月02日(水)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11887469529.html

■7月8日『ソウル・サーチン・レイディオ』(毎週火曜24時~25時、インターFM)で『マッスル・ショールズ』映画紹介、リスナーへ劇場鑑賞券プレゼントも

■7月9日『ザ・ナイト』に出演して『マッスル・ショールズ』についてご紹介します。

来週水曜日(2014年7月9日)『ザ・ナイト』にでます
2014年07月01日(火)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11887218606.html

■映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』関連記事

映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』~南部ソウルの旅への誘い
2014年05月24日(土)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11856958127.html

映画『マッスル・ショールズ』2014年7月日本公開決定
2014年03月10日(月)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11791905171.html

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■ 映画は7月12日から公開~

映画『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』は2014年7月12日(土)から新宿シネマカリテで公開。その後、7月19日から立川シネマシティー、7月26日から大阪シネマート心斎橋、8月16日から名古屋センチュリーシネマで公開。ほかに、札幌ディノスシネマズ札幌、横浜ジャック&ベティ、神戸アートビレッジセンター、福岡KBCシネマなどでの公開(日程は未定)が決まっている。

映画予告編

http://youtu.be/uaE6Xf91LBU



オフィシャル映画ページ。各界からのコメント、ニューズ、アーティスト紹介、楽曲紹介、ピーター・バラカン・インタヴューなど盛りだくさん。これを見てから映画に触れるとより楽しめます

http://muscleshoals-movie.com/index.html

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