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給食に救われる子どもたち たった15分の昼食時間が格差社会を表している

「給食の食べ方で、その子がどんなにおなかを空かせているかがわかるはずなんです」

「えっ、給食ないの?」

東京都から横浜市に引っ越した会社員の女性(40代)は、小学生の娘が通うことになる中学校が給食を提供していないことに驚いた。

神奈川県では、4分の1の公立中学校だけにしか給食がなく、毎日の弁当持参が当たり前。他の都道府県との違いに「中1ショック」を受ける親たちがいる。

給食がない中学校

文部科学省の2015年の調査によると、主食、おかず、牛乳の「完全給食」を実施している公立小学校は99.1%、公立中学校は88.8%。特に実施校が少ないのが神奈川県の公立中で、全国平均を大幅に下回る25.7%だ。公立中の生徒数ベースでみると、18.6%の「給食実施率」となる。

朝日新聞が2017年1月に調べたところ、給食実施率は都市によって大きな差があったという。

札幌、仙台、大阪や東京23区の計59市区が100%と回答。

50%未満は横浜(0%)、大津(6.6%)、川崎(9.3%)、高知(16.1%)、神戸(37.5%)だった。

実施していなかった理由は、財政的余裕がない、弁当が定着している、など。

給食がないというのは、どういうことなのか。

「家庭から弁当を持っていける子どもにとっては、給食は必要ないし、物足りないかもしれません。でも、そうではない。給食は、すべての子どもたちのためのセーフティーネットなのです」

そう語るのは「機会の平等を通じた貧困削減」を目指して活動する認定NPO法人「Living in Peace」の代表、慎泰俊(しん・てじゅん)さんだ。親の虐待や貧困などで一時的に保護された子どもたちが過ごす児童相談所の一時保護所に密着した『ルポ児童相談所』の著書もある。

夏休みにおなかを空かせる

「給食のない夏休みには、ごはんを食べられなくなる子どもたちが毎年、問題になります。ネグレクトで親から食事を与えられず、餓死寸前になる子もいます。給食があれば最低1日1食は食べられますが、そもそも学校が給食を提供していなければ、夏休みに限らず恒常的に、その1食すら確保できません」

公立中学校の給食実施率が0%の横浜市は今年、全中学校で配達弁当「ハマ弁」の事業を始めた。ごはんとおかずで1食360円。

市教育委員会の資料によると「家庭弁当を基本」とするが、弁当を持参できない場合にはハマ弁や従来の業者弁当も選べるようにするというもの。5月時点でハマ弁の利用率は1%程度という。

一方、川崎市は今年度中に完全給食を全中学校で実施する予定だ。

給食はどのように始まったのか

実施されていれば「当たり前」のように思える給食だが、そもそもどんな経緯で始まったのだろうか。

国民生活センターが発行する「国民生活」(2017年7月)に掲載されている「子どもの貧困と学校給食」(鳫咲子・跡見学園女子大学教授)によると、学校給食は1889年、山形県の小学校で、貧困児童を対象に無償で始まったという。1932年、弁当を持たないで学校に来る「欠食児童」のため、初めて国庫補助による小学校の給食が実施された。

当時、文部省は通知に「学校給食の実施は、貧困救済として行われるような印象を与えることなく、養護上の必要のように周到に注意を払うこと」と記している。その後、軍国主義が高まる中で、給食は子ども全員の体力向上のために普及した。

鳫教授は「学校給食の歴史からは、欠食児童、貧困児童に対象を絞った方法から、子ども全員の食のセーフティーネットとして発展、定着したことが分かります」と述べている。

厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、2015年時点で日本の子どもの貧困率は13.9%。7人に1人の計算だ。地域によって事情は異なるが、30人のクラスだと、4人か5人は貧困状態にあるということになる。そんな子どもたちにとって、給食は「食育」などと定義するまでもなく、生きることそのものだ。

弁当という格差

慎さんは、「キャラ弁」などエスカレートしていく家庭弁当の文化について、「数百円で代替できるものに時間と労力をかけるなんて、資源配分として正しい方向ではない」とし、こんな指摘をする。

「弁当って、家庭の状況がかなり表れるものなんです。親がどのくらい時間と労力とお金をかけるか、各家庭のいろいろな”余裕”が見えてしまう。弁当にコンプレックスを抱えている子どもにとって、学校の昼食の時間は苦痛そのものになりえます」

「制服もそうですが、子どもたちの格差の指標となりうるものについては、義務教育レベルでは揃えたほうがよいのではないでしょうか。こういった分野において、可能な限り、すべての人にあまねく同じものを届けるのが行政の役割だと思います」

慎さんがそう言うのは、貧困対策と子どもの支援に携わる中で、日本独特のスティグマ(汚名の烙印)を感じてきたからだ。児童相談所が支援のために家庭を訪問すると、地域で「虐待しているのでは」と噂になり、訪問された親が孤立し、追い詰められていった例があった。

「貧しくて困っているのは恥ずかしいことである、という意識が根強くあるため、貧困層にピンポイントでアクセスしづらいんです。特定の人にサービスを提供すると、その人に『汚名』がかかってしまう。弁当を持ってこられない子どもにだけ特別措置をすると、その子が学校でつらい思いをするかもしれません」

子どもの尊厳を守りながらも、支援をする。そのためにも、すべての子どもに同等に提供される給食は、重要な役割を果たすという。

食べ方でわかる虐待のサイン

子どもに食事を提供する取り組みとしては、民間発の「子ども食堂」が全国的に浸透してきた。低所得世帯に直接、食料を届ける「こども宅食」の取り組みも、民間と行政のコンソーシアム(共同事業体)で10月に始まる予定だ。

「子どもの貧困対策は、本来は国がやるべきですが、子どものための予算配分は高齢者に比べてはるかに少ない。国に訴えても時間がかかるから、いま目の前の子どもたちを救いたい、ということで民間の取り組みが先行しています」

給食がない夏休みに支援が途切れたり、要支援の子どもの情報を共有できなかったりと、支援する側の課題も多い。

「学校と、児童相談所、警察、自治会、NPOなどがもっと連携できるとよいのですが。例えば、給食の時間の食べ方って、見る人が見れば、この子は他に何も食べていないのではないか、ということはわかります。虐待の早期発見につなげられるかもしれないのです」

横浜市の中学校では昼食を食べる時間が15分しかない、というツイートが話題になったが、全国的にも中学校の昼食の時間は短めだ。NHKによると、授業や補習の時間を確保するために、というのが主な理由だが、このような支援の側面からみると、昼食も貴重な時間なのだ。

調理業者が破産して給食が提供できなくなったり、野菜の価格高騰で給食が中止されたり、給食費未納の問題があったり。さまざまな事情のしわ寄せは、子どもたちが食べる1食1食にくる。限られた予算だからこそ、支援が必要な子どもだけに使うべきだ、という議論もやはり並行してある。

それでも、給食があることによって救われている子どもは、確実にいる。