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■大月源二展 新たなリアリズムを求めて (2017年4月29日~7月2日、小樽)

2017年06月28日 23時59分59秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 戦前のプロレタリア美術を代表する洋画家で、戦後は「北海道生活派美術集団」を創設した大月源二(1904~71年)の、ゆかりの地小樽では2004~05年以来となる本格的な個展(なお、富樫正雄との2人展が2010年に同館で開かれています)。
 小磯良平を思わせる(彼は東京美術学校=現東京藝大=の同級生でした)確かなリアリズム絵画が存分に堪能できます。
 省筆しすぎず、細かく描きすぎないタッチ。安定した構図。光の強弱を意識した落ち着いた色彩。
 派手さはありませんが、まさに至芸というべきうまさです。


 1)「走る男」

 今回の展覧会は、一つ大きなテーマを設定しています。
 それは大月源二が治安維持法で逮捕されて有罪とされ、出獄した翌年の1936年に作成した「走る男」です。
 この絵は従来、刑務所で運動する大月源二自身をモデルにしたといわれてきました。
 しかし上野武治北大名誉教授が、これは、特高に虐殺された盟友の小林多喜二に対する鎮魂の絵ではないか―という新説を発表したのです。
 今展はとりわけ前半に、当時の豊多摩刑務所のようすや、源二が多喜二の死をいつ知ったか、絵が寄贈された人物と源二の関わりなどについて、詳しく解説した文章が貼られています。

 それらに目を通した限りでは、従来の見方をくつがえす決定的な証拠が見つかったというふうには感じられませんでした。
 何せ、特高に悟られないように、意図を明示することは避けなければならなかったと、上野名誉教授が注釈するくらいです。断定的なことは、誰にもいえないでしょう。
 ただ、代表作「一九二八年三月十五日」「蟹工船」や都新聞の連載小説「新女性気質かたぎ」で挿絵を描いた多喜二が拷問により急死がしたことが、源二に大きな衝撃を与えたのは疑いのないことでしょう。とくに後者の連載時は、多喜二は弾圧をかいくぐるようにして活動しており、ときには検束もされ、原稿の受け渡しにも大変な苦労をしていました。苛烈を極めた官憲の弾圧により、自らが役職を務めたプロレタリア文化連盟(コップ)は解散に追い込まれ、自らも転向を余儀なくされた源二です。小樽中学(現小樽潮陵高)の友人で同志でもあった多喜二の虐殺には、簡単にことばにしえない、さまざまに思うところがあったにちがいありません。
 また、多喜二のハウスキーパーだったふじ子が、獄中の源二に面会をしていたことなど、筆者にとっては新たな知見も少なくありませんでした。

 「走る男」の意図については画家本人は語っていませんが、絵を見て、誰しもが気がつくであろうと思われるところがあります。
 それは、男や手前の植物を縁取る茶色の太い輪郭線です。

 先ほど、小磯良平ばりといいました。画面全体は、穏健なリアリズムで、収監前と変わっていませんが、昭和の(とりわけ非官展系)洋画界で大きな潮流となった日本的フォーブにはくみせず、穏健なリアリズムを貫いた源二の作品では、太い輪郭線は異例のものです。
 また、足元の、おそろしく低い位置から見上げるような視線の角度も、彼の絵としては珍しいといえるでしょう。
 これらの異質さは、画風の変遷というよりも、この絵にこめられた「思い」の強さを示しているようにも感じられるのです。


 2) 大月源二のうまさ

 彼の絵の職人的な巧みさから受けた印象については、2004年に記したところとほとんど変わるところはありません。
 下のリンク先から入ってほしいと思います。
 たとえば、次のように書いています。

 「冬近い日(冬がやってくる)」(66年)も、そのうまさが深く印象にきざまれています。筆をぽっとひとつ置いただけで、それが後ろ向きに歩む老婆であるとか、干した大根であるとかが分かるのですから、その力量はすごいものです。


 もうひとつ、いま付け加えるとしたら、どの絵も、ちっとも「社会主義リアリズム」っぽくないことを挙げたいです。

 もちろん、農民や国鉄労働者の労働をテーマにしているのだ! と言えば言えなくもない絵もあります。
 しかし、そこには、教条主義的な押し付けがましさはちっとも感じられないのです。
 身近な人々の肖像、ささやかな静物や風景、人々の暮らし。そういったものがテーマになっています。
 源二は、絵画と、宣伝ポスターは違うものだということを、ちゃんとわかっていたのだと思います。


 大月源二や小林多喜二ら多くの人々を検束し、日本の文化と言論を死に追いやった治安維持法。
 その再来になる危険性があると指摘されている法案が、国会で、まるで議論が深まらぬまま採決されて成立する現代日本。
 そういう世相の中で「いいものはいい」と、大月の回顧展を開く小樽の美術館のまっとうさには、あらためて敬意を表したいところです。
 いや、ほんとは、それが当たり前なんですが。  


2017年4月29日(土)~7月2日(日)午前9時半~午後5時(入館は30分前まで)、月曜休み(祝日は開館)
市立小樽美術館(色内1)

画家大月源二の16歳の水彩画発見 (2010)
大月源二展 (2004~05)
異国という夢-道産子画家が描いたアジア(03年)
北海道美術・1960年代の動向Ⅱ(01年)

参考リンク
北星学園大学社会福祉学部北星論集第51号(2014年3月)・抜刷 【研究ノート】大月源二の絵「走る男」が現代に問いかけるもの── 歴史問題の清算と障害者の権利回復との関連 ── (pdf)





・JR小樽駅から約710メートル、徒歩9分

・中央バス、ジェイアール北海道バスの都市間高速バス「高速おたる号」「高速いわない号」の「市役所通」から約700メートル、徒歩9分


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