スーパーの約75%が導入、ユーザー数が1年で2倍―トクバイがもたらす「チラシ」の破壊的イノベーションとは?

その日の特売情報や人気商品の入荷がわかる新聞の折り込みチラシ。以前なら、チラシで特売情報をチェックして近所のスーパーに買い物に行く主婦も多かったが、最近では新聞自体の購読率が激減し、チラシを見る機会は減る一方だ。

しかし、スーパーや小売店は販売情報を消費者に伝えたいし、消費者もまた何らかの媒体の情報を得て、できるだけ安く、いい商品を買いたい。

そこに登場したのが、チラシ情報をデジタル化し、地域の生活者の買い物体験をより便利に楽しくするサービス「トクバイ」。株式会社トクバイの取締役である沖本裕一郎氏に、その革新性について語っていただいた。

株式会社トクバイ 取締役 沖本裕一郎氏

2013年よりクックパッドの新規事業責任者として日常消費領域のO2Oプラットフォーム事業「クックパッド特売情報」を立ち上げ。2016年に事業分割の形で株式会社トクバイを設立。トクバイを、51000店舗以上の小売が参画する国内最大のプラットフォームにした。

チラシが響かない現状をデジタルで革新する

新聞購読率が20代の若者で平均6~7%しかなく、60代でも50%台になっている中で(※)、地域の小売店の広告媒体としてのチラシ効果が疑問視されるようになった。一方で、共働き世帯が増え、日用品の買い物のための時間は限られている。毎朝、専業主婦がチラシをじっくり読み込んで買い物をするというようなスタイルは過去のものとなろうとしている。

※総務省が2017年7月7日に情報通信政策研究所の調査結果として発表した「平成28年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」より

生活者と販売店を結ぶ情報は必須なのに、チラシは十分届いていないという現状。そこに斬り込み、チラシ情報のデジタル化を推し進めたのが「トクバイ」だ。その事業は、小売店を巻き込んだ流通イノベーションの可能性を秘めている。

トクバイは2013年にクックパッドの事業部としてスタート、2016年に同社から独立する形で株式会社トクバイが誕生した。サービス開始からは5年目、会社としては3期目を終えたスタートアップが提供するサービスだ。

チラシのデジタル化は、最初は食品スーパーから始まったが、現在は、ホームセンター、ドラッグストア、リカーショップ、家電量販店など多業態に広がる。

サービスを利用する店舗は、全国約51,000店舗、小規模個人店舗からGMS(総合スーパー)本部まで1,000以上におよぶ法人が契約している。トクバイを日々の買い物に利用する生活者ユーザーも拡大の一途。トクバイwebサイト・アプリでは、ユーザー数が1年で2倍にも増えている。

その成長の背景には、PCからスマホへと向かう情報流通の変化を先取りし、小売業者と生活者の両方の不便を改善しながら、両者の新たなコミュニケーションを構築するための、斬新なビジネスモデルがあった。

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多重苦に悩む小売業界、チラシ経費の削減は焦眉の課題

「これまでもチラシをPDFで配信するサービスは存在しました。ただ、PDFのチラシの情報をメモして買い物に行くというのはいかにもPC文化。仕事帰りに移動しながらスマホをチェックして買い物する、今の生活者の行動スタイルには合いません。

そこでトクバイは、PDF化する前の情報、今日はトマトがいくら、さんまが昨日より値下げされているなど、単品ごとの情報をテキストとして受け取り、写真と合わせて個別に表示するようにしました。

チラシに加えクーポンやタイムセールなどを買い物前にタイムリーにチェックできるようになっています。情報はPC経由でWebからも見れますが、スマホ・アプリだとさらに見やすい。

生活者にとっては自分が住む地域の小売店の最新の販売情報を、帰宅途中などの生活動線の中で受け取れるし、小売店にとってはチラシ印刷・折り込みのコストが大幅に削減されることになります」

と、従来のサービスと比較したトクバイの利点を挙げるのは沖本裕一郎・取締役COOだ。

クックパッド在籍時代にこのサービスを現在の形で立ち上げ、事業化したプロデューサー。発想の原点には、沖本氏自身が買い物好きだということもあった。

「妻はフルタイムで働くキャリアウーマンで、むしろ僕のほうが買い物に行くことが多い。そこで感じた不便を解消するサービスを作り、イノベーションを起こしたかったんです」

トクバイはいわゆる破壊的イノベーションの典型ともいわれる。2017年にはGoogle Play「ベスト オブ2017」デイリーヘルパー部門で大賞を受賞するなど、数々の受賞歴を誇る。まずは、年間4,500億円規模ともいわれるチラシマーケットに与えたインパクトから見ていこう。

小売店のチラシは配布の1カ月前から制作が始まり、1週間前には印刷データが完成、2日前までに印刷され、1日前に新聞配達所に送られ、当日の朝に新聞に折り込まれる。

かつてはそれが当たり前で誰も文句を言わなかったが、今となってはプロセスが長すぎるし、結果としてコストがかかりすぎる。チラシ1枚あたり印刷費と折り込み費だけでも10円かかり、月間でチラシ配布コストに店舗あたり100万円以上かけている店も少なくない

それに対して、トクバイは店舗あたりの利用料は月間5,000円から。「チラシ費用の1割を削減してトクバイにシフトしていただくだけで、費用対効果は高まります」と沖本氏。

そうでなくても、いま小売業界は利益率の低下と人手不足に悩んでいる。消費人口の漸減を食い止める術はなく、オリンピック以降に予想される景気変動にも怯える。

そこに追い討ちをかけるのがAmazon、楽天、Yahoo!ショッピングなどに代表されるECチャネルの隆盛だ。新たな競合に勝ち抜くためには、小売店にとってチラシ配布コストの削減は焦眉の課題なのだ。

「一方で地域の小売店には商圏があります。その商圏人口が今後爆発的に増えることは考えにくい。つまり新規の来店者ではなく、再来訪率をいかに高めるかが鍵になります。小売店が地域の消費者との関係を取り戻し、それを強化するためには、チラシ情報のスマホ配信などデジタル革新によるコミュニケーションの活性化が不可欠です。

しかし、小売業界はIT人材の確保が難しいのが現実。自社専用のスマホ・アプリを提供する大手企業もありますが、生活者はそこでしか買い物をしないわけではないし、かつ中小小売店には自社アプリ開発はハードルが高い。そこで、小売店と生活者を結ぶデジタルプラットフォームとしてのトクバイが注目されたわけです」

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小売店が主体的に情報を発信し、生活者とコミュニケーションする

トクバイは一見、小売店のチラシをそのまま掲載する広告媒体のように見えるが、実は違う。小売店は情報を投げっぱなしではなく、自らリアルタイムに情報を更新し、生活者とのコミュニケーションを主体的に深める必要がある。

そのため、店舗が使用する管理画面では、スーパー本部などからの情報発信だけでなく、店舗のアルバイトやパート従業員がPCやスマホを使って個別商品の写真や価格情報を入力しやすい工夫が随所にされている。

デジタル革新とはいえ、リアルな店舗での売買を前提にしているだけに、店舗が発する情報は常にホットでなければならない。ある小売店では特売情報と共に店員の近影写真をよくアップしている。いわゆる“顔出し”することで、顧客との親密感を醸成する戦術だ。トクバイを見てくる客からは「最近、店長顔出してないじゃない」と声がかかることもあるという。

こうした小売店の現場感覚を体感し、サービスにどう落とし込むかは重要な課題だ。トクバイの社員は以前は業務の一環として、店舗でアルバイトするのが決まりだった。

「僕もスーパーで生鮮食品の売場を担当しました。例えば賞味期限が迫っている牛乳を手元に並べ替えるんですが、そのすきに奧のほうの日付が先の商品を手に取っていくお客さんがいると、ちょっと悔しいと思ったり(笑)。

反面、商品を探しているお客さんを案内してありがとうと言われることもある。人間は他人に喜ばれるとモチベーションがわくもの。バイト経験を重ねることで、店頭販売の苦労がよくわかりました」と沖本氏は振り返る。

リアルがわからないといいサービスは作れない。「クライアント(小売店)を仲間にする」というビジネスモデルはこうした肌感覚から生まれている。

トクバイのスマホアプリを使うユーザーは30代、40代の共働き世代だけではない。意外と50代、60代の年齢層が多い。買い物は生活の一部とも言えるが、買い物はなかなか熟練しない。同じ商品を高く買ってしまうなど、失敗経験も多い。

だからこそ、いい買い物ができると嬉しい。生活者にとって使い勝手のよいアプリを開発する「生活者ファースト」の視点もまたトクバイの重要なモットーになっている。

「買い物の利便性や楽しみを提供し、購買動機を促すために、小売店にはトクバイという“場”を徹底的に使い倒してほしい。私たちはそのために小売店や生活者に伴走しながら、一つのプラットフォームを形成しようとしています。トクバイを広告媒体ではなく、小売店と生活者をつなぐコミュニケーションプラットフォームと位置付けているのはそのためです」(沖本氏)

街の中に眠るリアル情報を掘り起こし、IoTやAIとの連動へ

「ほぼすべての小売ビジネスが地域に寄り添っているが、その店舗に行かないと何がいくらで提供されているかはわからない。ネットで販売される商品の価格比較はできても、リアルな店舗のリアルタイムな情報のほとんどは眠っている。

このギャップを解消するのが私たちのビジネス。その第一歩がスーパーでしたが、今後はあらゆる業態、それこそ鍵の修理屋さんからランチのデリバリー、街の花屋さんまでこのビジネスモデルを広げたい」と沖本氏は言う。

生花こそ、新しい品種が入荷したらその場で情報を伝えてほしい。枯れはじめてからでは、商品価値がないからだ。

さらに沖本氏は今後のビジネスの質的拡大も視野に入れる。例えば、スマートスピーカーとの連携。

「今日の特売情報を教えて」と問いかけると、最寄りの店舗の商品情報をレコメンドしてくれる。すでにトクバイでは、Google Home、Amazon Alexa対応の技術を完成させている。

「その他にもスマート家電やカーナビと連携するなど、IoT的な展開も可能です。これがどれだけ生活を便利にするかはやってみないとわからないのですが、少なくともこれまで眠っていたリアルな情報を掘り起こすことで、ユーザーの買い物体験は以前より楽しくなるはずです」

これらのデータのマルチな応用ができるのも、トクバイがチラシのPDF情報だけでなく、商品と価格に関するテキスト情報(ローデータ)をたえず集約しているからだ。チラシ画像そのままでは難しかったデータ転用やビジネスアライアンスが容易に進むことになる。

こうして蓄積された膨大なデータが、デジタルマーケティングにも活用できることは容易に想像できる。特売情報と生活者の行動を紐付けることで、生活者個々にカスタマイズしたデジタル広告配信の精度を高めたり、店舗側が最も知りたい消費行動の分析が比較的簡単にできるようになるのだ。

今後のデジタルマーケティング展開の布石として、同社はエンジニア自らデータサイエンティストとして分析を行っている。データ分析チームの陣容拡大は今後も続ける予定だ。

生活者に寄り添い、小売店を仲間にして取り組むイノベーション

小売店と生活者をつなげる買い物サービスのプラットフォーマーとして、トクバイが最も大切にしていることは何か。

「生活者の行動は時代と共にたえず変化します。ライフスタイルの変化は働き方の変化にも直結する。そうした変化に誰よりも早く敏感に柔軟に対応することが欠かせません。私たちには新しいサービス分野を開拓したという自負はありますが、そこに一瞬でもあぐらをかいたら、さらなる成長は見込めない」と、沖本氏は表情を引き締める。

変化に対応するためには「スピード&チャレンジ」という信念が欠かせない。サービス改善のPDCAサイクルを高速に回しつづけることで、ユーザーの表面的なニーズと本質的なニーズを分別し、真のニーズを発見することができる。それを元に、新しい、取り組みに挑戦していく。

「かつては店舗の側が私たちのようなプラットフォーマーに価格情報を提供することを嫌がる傾向がありました。私たちが情報を集める上での制約がさまざまあったのです。ただ、私たちは“できない、難しい”という制約を仕方がないものとして固定化させず、それを泥くさいまでに乗り越える努力を重ねてきた。スタートアップらしさ、つまりスピードとチャレンジの精神があればこそできたことです」

事業を立ち上げた当初3名だった社員も現在は80名程度にまで増えた。それに伴って企業組織にも変化が訪れている。「これまでの同心的な拡大ではなく、より構造化された組織が求められている」と沖本氏は言う。

トクバイをメイン事業に据えながらも、新規事業の芽を育てていく必要もでてきた。現在地周辺の施設やイベント情報を掲載して、ユーザーに楽しい寄り道体験を提供する「ロコナビ」のサービスもその一つだ。

サービスモデルと組織モデルには相関性があると考えています。トクバイの発展、あるいは新規事業の成長にともなって、私たちの組織も変わっていくはず。一つのところに留まることだけは避けたい。社員の一人ひとりがその変化を先導できる、そんな会社を目指します」と、沖本氏はトクバイの将来像を描くのだった。

取材・文:広重隆樹 撮影:刑部友康
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