今からおよそ5億年以上前に大気中の酸素濃度を上昇させ、生物に急速な進化と多様性をもたらした立役者ミドリムシ。体長約0.05mmと髪の毛の直径よりも小さく、植物と動物両方の性質を持つこの稀有な生物が持つ力を借り、バイオテクノロジーによって食品からバイオ燃料までを作り出そうとしているのがユーグレナである。その事業戦略と将来ビジョンを、ユーグレナ 取締役 経営戦略部長の永田暁彦氏に聞いた。

ユーグレナという社名を聞くと、まず最初に思い浮かぶのがミドリムシを使ったサプリメント商品だろう。社名は、ミドリムシがユーグレナ植物門ユーグレナ藻綱ユーグレナ目に属する鞭毛虫の和名であることからきている。ただ、同社が提供するのはサプリメントだけではない。食品、化粧品、肥料、飼料、そしてジェット燃料と、視野は広い。目指しているのは「人と地球の健康」と壮大だ。その意味では、“ミドリムシ由来”以外に興味がないわけではない。人と地球の健康を目指す事業なら、ミドリムシ以外の選択肢もあり得る。ただ、目指す社会を実現するうえで、最も可能性を秘めているものとしてミドリムシ由来の製品を事業の核としている。

ミドリムシは1950年代に米国で光合成の研究が行われ、日本でも1990年代に食品、医療への活用やCO2固定などについての研究が進んだ。成長の過程で光合成を行ってCO2から酸素を生産することから、地球温暖化防止への貢献が見込まれている。さらに、ビタミンやミネラル、アミノ酸、DHA、EPAなどの不飽和脂肪酸など59種類に上る人間に必要なほぼすべての栄養素と、パラミロンというミドリムシにしかない機能性成分を持っていること、タンパク質と脂質の細胞膜に覆われているため消化吸収率が格段に良いという、食品として理想的な性質を持っていること、脂質から燃料を抽出できることなどが、関心を集める理由である。

これほど注目を集めつつも実用化に時間がかかったのは、ミドリムシの大量培養が難しかったため。そんな中で2005年、ユーグレナが世界で初めて屋外でのミドリムシ大量培養に成功。現在では、食品、化粧品からバイオ燃料まで、ミドリムシを応用した多様な製品の開発、製造・販売を手掛けている。

食料から燃料までを視野に入れたバイオマスの5Fモデル

ユーグレナの事業は、Food(食糧)、Fiber(繊維)、Feed(飼料)、Fertilizer(肥料)、Fuel(燃料)という「バイオマスの5F」モデルで表せる(図1)。このうち、現在同社の中核事業になっているのはFoodとFiberの2つ。同社はこれらを、燃料などに比べてはるかに高い単価で販売できると同時に、マーケティングなどによって価値を高められるスペシャリティ領域と位置づける。例えば飲料は100mlを100円単位(1リットルなら1000円単位)の価格で販売できる。そこにビタミンリッチなどの付加価値が加われば、より高い価格で売れる。しかも、最初に事業化した食品分野については、ユーグレナ以外にミドリムシの食品を供給する企業は存在しなかったためマーケットリーダーのポジションを取りやすかった。

(図1)ユーグレナの事業領域
[画像のクリックで拡大表示]
(図1)ユーグレナの事業領域

化粧品事業については、人と地球の健康という観点からみると少々違和感を持つ読者もいるかもしれない。ただ同社では、「健康的に生きるということは、精神面も非常に重要になる。ミドリムシによる化粧品の効能は、シミや素肌の状態を改善するということだが、それによっていかに人が美しく生きるかということがメンタルヘルスとして大きな価値がある」(永田氏)と考えている。もちろん、スペシャリティ領域として有望な領域であることも背景の一つである。

ユーグレナの永田暁彦・取締役経営戦略部長
ユーグレナの永田暁彦・取締役経営戦略部長
(人物写真の撮影は北山宏一)

一方、Feed、Fertilizer、Fuelはコモディティ領域で、単価を高くしづらい。燃料で考えると、「コンペティタは石油であり、石油燃料の価格と戦っている」(永田氏)ため、ガソリンなどと同様、1リットルで100円前後という価格にしかならない。設備投資面でも、培養の規模が比較的小さく済む飲料や化粧品のほうがコストを抑えやすい。それだけスペシャリティ領域のほうが事業化しやすいわけだ。

もちろん、コモディティ領域も手掛けないわけではない。スペシャリティ領域でしっかり稼いだうえで、コモディティ領域の事業を展開しようという考えである。コモディティ領域として、燃料以外に飼料・肥料の分野を見ているのは、事業の効率性の観点でも重要な意味を持つ。ミドリムシから燃料を抽出した後には、タンパク質が残る。燃料製造の観点からすると、これはただのゴミ。つまり残渣(ざんさ)が生じることになる。ただ、ここで残ったタンパク質は、飼料・肥料として販売できる。

さらに言えば、燃料や飼料のマーケット動向を見ながら、相場に合わせて培養の仕方を変え、商品分野ごとの生産量を適切にコントロールできる。食料と燃料では使うミドリムシが違う。食品用には栄養豊富なミドリムシを使いたいし、燃料用はとにかく安く大量に必要になる。そこで、同社独自の技術により、培養の過程でミドリムシを食品バージョンにしたり燃料バージョンにしたりする。これによって、その時々の相場に合わせて、ミドリムシ培養用のプールを食品用にするのか燃料用にするのかが決められ、効率的な生産体制を構築できる。