エアビーアンドビーのCEO、ブライアン・チェスキーはシリコンバレーの中でも有数の企業をつくり上げた世界的な経営者だ。しかしチェスキーは、エアビーアンドビーを創業するまではビジネスの経験がほとんどなく、美大出身のデザイナーだった。

 それにエアビーアンドビーのビジネスは、ほかの企業と比べてもかなり難しい。ユーザーは世界3万4000都市と広範囲だし、トラブルもある。国や市などによって民泊に対する規制はさまざまで、対応にも骨が折れる。それほど大変なビジネスを切り盛りする手腕をビジネスの素人で、創業前は失業状態にあったブライアン・チェスキーは、「学習の鬼」と呼ばれるほどがむしゃらにスキルを身に着けた。

 エアビーアンドビーの軌跡を追ったノンフィクション『Airbnb Story』から一部を抜粋して、チェスキー流の学習法を紹介しよう。

エアビーアンドビーのCEO、ブライアン・チェスキー。創業以前はビジネスの経験がほとんどない、美大出身の“元失業者”だった。彼はいかに新たな道を切り開いたのか(写真:ロイター/アフロ)
エアビーアンドビーのCEO、ブライアン・チェスキー。創業以前はビジネスの経験がほとんどない、美大出身の“元失業者”だった。彼はいかに新たな道を切り開いたのか(写真:ロイター/アフロ)

(以下『Airbnb Story』より抜粋)

 ブライアン・チェスキーにとっては険しい道だった。エアビーアンドビーの顔になったうえ、ビジネスの経験がまったくなかったからだ。「知識ゼロだった。ほとんどすべてが目新しかった」とチェスキーは言う。

 それなのに、CEOとしてのスキルを普通のやり方で学ぶ時間はゼロだった。先任者に育ててもらうとか、社内の主要事業を率いるとか、MBAを取るとか、そんな暇はなかった。きちんとした研修でさえ、お笑い草だった。一秒も時間がなかったのだ。エアビーアンドビーはあっという間に拡大し、数カ月に一度脱皮しているようなもので、どこかでいつも危機が起き、企業文化を築かなければならず、全員がチェスキーのビジョンと方向性をじっと見つめていた。

 チェスキーは一夜にしてCEOになる必要があった。待っている時間はなかった。「学習曲線なんて悠長なことは言っていられなかった。ロバート・マクナマラの言葉にもある。戦争やスタートアップにいる人間に学習曲線はないってね」。チェスキーはまた歴史上の名言を持ち出した。

とにかく情報源に会いに行く

 しかも、エアビーアンドビーは普通のアプリやソーシャルネットワークよりもはるかに複雑だ。アイデア自体は単純だが、使い勝手のいいサイトの裏にあるビジネスと運用面の課題は、表から見るよりはるかにややこしい。セコイア・キャピタルのマネジング・パートナーを務めるダグ・レオンはあるとき、チェスキーを脇に呼んで、セコイアの投資企業の経営者の中でチェスキーの仕事が一番難しいと伝えたほどだ。

 テクノロジー企業の経営にありがちな課題をすべて抱えているうえに、エアビーアンドビーは誰よりもグローバルだった。約200カ国で事業を展開し、その国々でオフィスと社員を抱え、海外拠点を運営しなければならない。一方で、エアビーアンドビーは決済会社でもあり、地球の至るところで毎日数十億ドルもの取引を扱っている。決済につきものの不正やリスクにも気を配らなければならない。

 もちろん、毎晩何十万人ものゲストが見知らぬ人のベッドに泊まるのだから、悲惨な事件が起きる可能性は充分にある。誤解や文化の違いは言うまでもない。そして当然、規制の問題があり、都市ごとの対策を実行するにはかなりの時間と注意と公共政策の知識も必要になる。

 チェスキーはもともと、リーダーとしての成長に欠かせない能力をすでにいくつか備えていた。美大のロードアイランドスクールオブデザイン時代から、突飛なことを仕掛けるコツを心得ていて、病的に好奇心が強かった。その他のスキルは、その道のプロに次から次へと教えを乞い、リーダーに必要な知識と経験をがむしゃらに取り込んでいった。もちろん若いCEOはみんなアドバイスを求めるものだが、チェスキーの場合はしつこく、こまごまと、うんざりするほどいつまでも聞いていた。チェスキー自身はその学習方法を「情報源に行くこと」と呼んでいる。

 あるトピックについて10人に話を聞き、すべてのアドバイスをまとめるのではなく、その半分の時間で一番確かな情報源を探り、誰よりもそのことに詳しい人をひとり見つけて、その人だけに話を聞く。「正しい情報源を見つけられたら、早送りで学習できる」とチェスキーは言う。

 この学習の方法は、初期のアドバイザーたちとの間で始まっていた。マイケル・サイベルやYコンビネーターのポール・グレアムとの毎週の課外授業。セコイアのグレッグ・マカドゥーとのロッコでの朝食。次の投資ラウンドでは、リード・ホフマン、マーク・アンドリーセン、ベン・ホロウィッツといったシリコンバレーの大物と知り合った。テクノロジー企業の育成にかけてはみな伝説といえる存在だ。成功するとさらに大物との人脈ができ、会社の拡大とともに、チェスキーは特定分野の情報源を探してアドバイスを受けるようになった。

伝記、歴史もの、経営書など本を読みまくる

 しかし、大物でなくても、優れた指導者は必ずいるとチェスキーは言い張る。「失業中のデザイナーだった頃も、いろんな人に会いに行った。臆面もなくね」。実際、失業中のデザイナーだったからこそ、こうした大物に会ったことが役に立ったと言う。「僕にはなにもお返しするものがなかった。少なくとも自分より数年先を行っている人を選ぶのがコツなんだ」。チェスキーと同じような人脈を持つCEOは多いが、チェスキーほど活用できていないとセコイアのアルフレッド・リンは言う。「人脈があればもちろんいいけれど、本人に潜在的な能力がなければ役に立たない」

 「情報源」は生きている人でなくてもいい。チェスキーはウォルト・ディズニーとスティーブ・ジョブズの伝記から、最も価値のある教訓を学んだ。ジョージ・パットン陸軍大将やロバート・マクナマラ元国防長官といった歴史上の人物からも学びを受けた。経営書も読みまくった(アンディ・グローブの『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』[日経BP社刊]がお気に入りだ)。

 コーネル・ホスピタリティ・クォータリーなどのニッチな専門誌からも情報を得る。チェスキーはただの読書好きという範疇をはるかに超えている。年に一度ホリデーシーズンに家族を旅行に連れていくが、その間はリフレッシュのためにありったけの本を読みまくる。休暇中は「本から目を離さないんですよ」と母のデブは言う。「夕食の間でも読んでますからね」。

 また、休暇中に年に一度の社員への書簡を書くのも恒例だ。「何時間も何日もノンストップでやってるんです。私たちにその原稿を読んでくれて、私たちが完璧と言っても、その後でまた50回も書き変えてますよ」

バフェット曰く「雑音に惑わされるな」

 もうひとつの大切な情報源はウォーレン・バフェットだ。バフェット率いるバークシャー・ハサウェイが毎年開く株主総会には4万人近い株主が押し寄せ、ネブラスカ州オマハのホテルはいつも満杯になる。チェスキーとバフェットとのかかわりといえば、株主総会の際に来場者に宿を提供するくらいのものだった。

 しかし、教えを乞いたかったチェスキーは、バフェットに連絡を取り、オマハに行くので一緒に昼食を食べてくれないかと願い出た。バフェットは受け入れてくれ、その昼食は4時間半にも及んだ(「僕は1時間のつもりだった。最初にオフィスで1時間ほど過ごして、それからバフェットが『じゃあ昼めしだ!』って言うから、僕は『お願いします』みたいな感じで。最初の1時間が昼ごはんの代わりなのかと思ってた」)。

 バフェットの一番大切な教えは、雑音に惑わされるなということだ。「バフェットはオマハのど真ん中に腰を据えている。そこには株式市場もマスコミもない。1日中なにかを読んで過ごしてる。ミーティングはせいぜい1日に一度くらいで、考えることに時間を費やしている」とチェスキーは説明する。

 オマハからの帰り路で、チェスキーはバフェットとの時間を振り返って4000字もの覚書を書き、チームに送った(実は、バフェットも同じような経験をしている。チェスキーくらいの歳の頃、バフェットはディズニーの本社に行き、幸運にもウォルト・ディズニーその人と長時間話し込んだことがあった。若き投資家だったバフェットもまたその経験をこまごまと書きつづった。「今もそのときの記録を持っているよ」とバフェットは語っている)。

著者プロフィール

著者=リー・ギャラガー/フォーチュン誌アシスタント・マネジング・エディター。フォーチュン誌が選ぶ「最もパワフルな女性サミット」の共同議長を務め、「40歳以下の40人」も担当。CBSの「This Morning」、MSNBCの「Morning Joe」ほか、CNBCやCNNでもコメンテーターを務めている。ニューヨーク在住。

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