9月1日、三重県の津駅から三重県庁まで徒歩で10分ほど。30度を超える炎天下のなか、バイオベンチャーのユーグレナの出雲充社長は、大きな黒いカバンを抱えて坂を上ってきた。
薄暗い庁内に入ると、胸元ではコーポレートカラーの明るい緑色のネクタイが、パッと出雲社長の顔を照らした。
14時に出雲社長と中部プラントサービスの深澤元喜社長、三重県の鈴木英敬知事、同県多気町の久保行央町長が出席し、「バイオ燃料用藻類生産実証プロジェクト実施」の協定調印式が催された。
ユーグレナは経済産業省の補助金を使い、10月から三重県多気町のバイオマス発電所の隣に、70平方メートルのプールを建設し、ミドリムシを培養する。
さらに2018年には総面積3000平方メートルという日本最大のミドリムシの培養プールを建設する。大きさのイメージとしては、学校で一般的な縦25メートル、横15メートルのプールが8つ分だ。
同社によると、発電所の二酸化炭素(CO2)などを栄養源として、ミドリムシなど微細藻類を大量生産するのは世界で初めてだ。
既にユーグレナは国産バイオジェット・ディーゼル燃料の実用化計画を主導している。全日本空輸やいすゞ自動車などと組み、2020年までに航空機とトラック向けの国産バイオ燃料を生産する。
三重県多気町と横浜市の生産が軌道に乗れば、発電所のCO2と太陽光を使って生産したミドリムシ由来のバイオ燃料で、航空機が空を飛び、トラックが走ることになる。
ついに夢物語が現実に
「最も保守的な業界の方々が、よくぞ受け入れて下さった。千載一遇のチャンスだ」。会見を終えると、出雲社長は興奮気味に語った。
興奮するのも無理はない。この構想は、長らく夢物語と言われてきたからだ。
世界的にCO2濃度の上昇による地球温暖化が問題になり始めてから、発電所から排出される大量のCO2をいかに削減するかが大きな課題だった。
その解決策として、発電所のCO2を光合成で育つ微細藻類の栄養素として活用する構想があった。しかし、技術やコストの問題から夢物語であり続けてきた。
ユーグレナは夢を現実にしようとしている。同社は2005年、世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功。実際に、ミドリムシから健康食品を作り、実績を積み重ねてきた。その技術的な裏付けを基に、日本最大級の培養プールの建設に乗り出す。
今回は中部電力子会社の中部プラントサービスも大きな決断を下した。排ガス処理のプロセスを変更することは、発電にも影響が未知数で、安定供給を至上命題とする電力業界では受け入れない会社が多い。
実際、電力会社はCO2の回収、固定化は実証段階にとどまり、事業としてはほとんど実行していない。
ユーグレナは候補地がなかなか決まらず、「かなり焦った」と出雲社長は振り返る。発電所の隣に平らで広大な土地が空いている場所も少ない。この多気町は発電所がある工業団地に空きがあることも幸いした。
タイミングも良かった。実はこのバイオマス発電所が稼働したのは今年6月末から。このプロジェクトを検討している段階ではまだ稼働していなかった。始めから、排ガス利用を前提にプラントを稼働できるタイミングだったのだ。
そして、この2社をつないだのが三重県庁だった。新エネルギーや航空宇宙などの新しい産業の誘致に積極的で、ユーグレナの建設候補地を県内で探し回り、中部プラントの協力を取り付けた。プロジェクトを後押しした鈴木知事は42歳と全国最年少の知事で、新産業への理解が深いという背景もあった。
化石燃料と競争できる価格にできるか
課題はコストだ。
今のところユーグレナはバイオ燃料のコストを示していないが、従来の化石燃料に比べて割高だと見られている。
ただ、昨年末に地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」が採択され、今後はCO2排出に制約がかかる可能性が高い。CO2排出量の多い化石燃料のコストが増す中で、バイオ燃料のコストダウンを進め、出雲社長は「既存の化石燃料由来の燃料と競争力のある価格を目指す」と意気込む。
ちなみにミドリムシは日射量が多いほど、光合成が活発になり、生産量が多くなる。そのため、初めての工場は赤道に近い石垣島を選んだ。
一見すると三重県は石垣島より日照量が少なく、生産効率が落ちるように見えるが、発電所から大量のCO2やエネルギーを得られるので、必ずも不利ではないようだ。
「成功するまで帰ってくるな」
とはいえ、このプロジェクトは実証と位置付けられている。実験室では高濃度のCO2を使ってミドリムシの大量培養に成功しているが、巨大なプールでの成功の確約がある訳ではない。
「多気町は石垣島に続き、第2の故郷になる。担当者には『成功するまで帰ってくるな』と言っている」と、出雲社長は覚悟を語る。
プロジェクトが成功すれば、日本はCO2排出量の削減と、CO2排出量ゼロの燃料という画期的な技術とビジネスモデルを手にする。
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