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「なんと幸いなことでしょう。

2016年02月19日 17時31分20秒 | 聖書


その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。
彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします」(詩篇84:5)

悲しい事や苦しい事、理解に苦しむ事が起こる。
未信者にもクリスチャンにも同じように起こる。
しかし、違いは、神を信じる人は、どんな悲惨な出来事、どんな悲しい苦しい事の中にも、そこに神を認めて行く。
そのまっただ中に神がおられ、神の愛、慈しみ、助けを実際に体験して行く。
神を信じない人は、どんなに奇跡的な素晴らしい事があっても、そこに神を決して認める事は無い。
そこの相違だ。信じる人は何を見ても、どんな出来事が起きても、そこに神を認め、神の愛を認める。
どんな問題や悩みが来たとしても、神を信じているから、そこを泉の湧く所とする。
そして、その中に神を見、新たに神に出会って行く。
信仰とはそういう事だ。
どんなに耐え難いような出来事が起きても、神を信じる人は、そこに神を見る。
だから、痛みの中にも、心の奥底に深い平安を経験し知っている。
もし、思い煩い、焦り、恐れ、不満があるなら、神以外のものを頼り、見ている事になる。
真っ直ぐに神を見上げよう。
その時、その所こそ、泉の湧く所である事を、神は深く味わわせて下さる。
---------------
涙の谷を、泉の湧く所として下さる。
十字架から愛と癒しと慈しみが流れ出る。
十字架の下に立って、十字架を見続けよう。
そこに解決があり、深い平安に包まれる。

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