このような、これまでの経済成長至上主義に代わる、成長を目的としない持続可能な福
祉を実現する社会という考え方は、一体どのくらいの人が受け入れているものなのか、
大手メディアを見ている限りいまひとつわかりません。そのような社会が望ましいとい
う声は確かにありますが、結局はその財源を確保するためには経済を成長させて、全体
のパイを大きくするしかないというのがメディアや識者の主流の意見であり、基本的に
それに従ってきたのがこれまでの自民党政権であったように思われます。その自民党は、
官僚や大企業などの既得権益者とのしがらみから抜け出せず、政権を追われることとな
りましたが、代わって登場した民主党政権に対しても、メディアや識者といわれる人た
ちは、やはり同様に経済拡大路線の踏襲を要求しているようです。
本書では、ヨーロッパにおける、大きい政府か小さい政府か、経済成長か環境保護かと
いった対立軸による社会政策の議論を示し、社会福祉を前提としてきたヨーロッパの政
策のあり方と、その対立が縮小してきている状況を説明しています。対する日本は、全
てにおいて経済成長のみが第一であり、社会福祉はその一つの付属品に過ぎなかった実
情から、福祉を含めて本格的な富の分配の議論をしてこなかった現実を指摘しています。
現在の少子高齢化の進む日本社会で、これまでの高度成長型の政治システムを脱し、低
成長の社会でどのような社会を目指し政策を行うべきかを考えるのが本書の狙いです。
著者はまず、現在の日本の社会保障の状況を振り返り、先進国中最も低い社会保障給付
費であり、その内容は年金に偏り、子どもや失業者への給付が極端に低く、また財源は
税と保険が渾然となった複雑なシステムであるといった特徴を示します。その背景には
日本社会の「カイシャ」主義と「子育ては母親がすべき」という伝統的家族思想があり、
それに対して、「雇用の流動化」と「子育ての社会化」といった方向が示されます。ま
た、社会保障給付を年金偏重型から医療、福祉拡充型へと移行し、老人だけに集中させ
ず、子どもへの給付も拡充させ、財源は子どもと老人には税金で、現役世代は保険で賄
うというように、人間のライフサイクルをトータルで見た仕組みを提唱します。
その財源となるべきは、やはり消費税という著者の提言ですが、このようなしっかりと
した社会保障システムが示され、信頼できる政府がきちっとした国民監視システムの下
で実施されることが明確にされれば、消費税引き上げの議論も十分可能になると思われ
ます。それに加えて、著者は財源として相続税と環境税を挙げています。これらも、理
念と制度がしっかりと理解されれば大きな反発にはならないのではないかと思われます。
著者の提唱する定常型社会というのは、産業革命以前の自然の限界を意識した、持続可
能な経済のあり方であり、現在の自然から乖離し無限の欲望に根ざした成長の原理を脱
し、速すぎる時間のスピードを緩め、「コミュニティ」と「自然」をキーワードに持続
可能な福祉社会を実現しようとするものです。著者も何度も言うように、それは停滞や
退屈といった状態ではなく、何かを我慢しなければならない社会でもなく、無理な経済
成長に固執することなく、人間の本性に基づき自然な形で実現される社会の姿であると
いうものです。しかしそれには、根本的な価値観の転換が必要です。現在の鳩山政権の
方向性はいまいち明確ではありませんが、もし本書の方向性と同じであるならば、経済
成長を第一としてない政府に経済成長戦略を要求するのは無理があります。しかし、成
長戦略を必須とする考え方がまだまだ強固な状況で、現在の現実の政治においては、経
済に対するなんらかの対策もやはり必要になるのだと思われます。
本書のような内容は、理想主義的で非現実的だと言われがちですが、現状の多大な環境
負荷やエネルギー問題などを考えると、本来はこちらが現実的であり、不確実な経済成
長を見込んで景気対策の名目で多額の公共投資を行ってきたこれまでの政策のあり方の
方がよほど非現実的であると思うのは私だけではないと思います。また、社会主義的だ
という批判もありえますが、本書でも述べているように既に資本主義や社会主義という
概念を超えたものであり、今後21世紀の潮流となる考えだと思われます。ただし、定
常型社会という言葉の響きは、やはり停滞的イメージを与えてしまう気がします。
本書の内容は、本格的な議論はこれからだと思いますが、これからの日本が進むべき道
をかなり明確に指し示してくれる、21世紀の指南書と言える本ではないかと思います。

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定常型社会: 新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書 新赤版 733) 新書 – 2001/6/20
広井 良典
(著)
経済・福祉・環境から論じる社会構想
- ISBN-104004307333
- ISBN-13978-4004307334
- 出版社岩波書店
- 発売日2001/6/20
- 言語日本語
- 本の長さ190ページ
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上位レビュー、対象国: 日本
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2022年1月24日に日本でレビュー済み
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定常型社会は、先見の明があった本だと思います。でも、丁寧に書きすぎて・・・なかなか伝わらない!ホント、この当時このレベルで社会を理解していた人は少なかっただろうな!でもちゃんと理解できる人には伝わります!こういうのをグッドジョブと言います
2019年3月18日に日本でレビュー済み
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古本屋さんには迅速に対応して頂きました。本もとても綺麗で有り難うございました。内容も17年前にすでに著者が見事に予見され、いま現実になりつつある事に改めて考えさせられます。社会の経済状況や人口減少などを総合的に考えられておりその方向性についての示唆が勉強になりました。
2012年10月6日に日本でレビュー済み
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これからの社会では物質的なゆたかさをもとめるかわりに,あたらしいゆたかさをもとめることを提唱している. それじたいは著者独自のかんがえかたというわけではないし,2001 年に出版された本だから,あたらしくもない. また,よみやすい本でもない.
しかし,著者が提起している問題は長期的なものであり,10 年以上経たいまでもあまりかわっていない. また,それに対するかんがえかたもいまなお有効だとおもえる. 市場経済の 3 つの 「離陸」 というかんがえかた,「外的な限界」,「内的な限界」,そして 「分配」 という 3 つの問題,3 種類の社会保障のありかた,つまり 「自助」,「共助」,「公助」 など,いまこそ,これらの問題をもう一度かんがえてみる必要があるのではないだろうか?
しかし,著者が提起している問題は長期的なものであり,10 年以上経たいまでもあまりかわっていない. また,それに対するかんがえかたもいまなお有効だとおもえる. 市場経済の 3 つの 「離陸」 というかんがえかた,「外的な限界」,「内的な限界」,そして 「分配」 という 3 つの問題,3 種類の社会保障のありかた,つまり 「自助」,「共助」,「公助」 など,いまこそ,これらの問題をもう一度かんがえてみる必要があるのではないだろうか?
2021年3月22日に日本でレビュー済み
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今後の日本経済や政治がどうあるべきかの示唆を与えてくれる内容。個人的に、頭の中で日々考え実行している価値観を明文化していただいているように感じた。
2021年2月11日に日本でレビュー済み
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本当に成長だけを望む社会が人類にとって目指す場所なのか?考えさせられます。
2017年11月14日に日本でレビュー済み
著者である広井良典さん(京都大学教授)の著作について、私は結構読み込んでいる方だろう。その広井さんの一連の著述でキーワードの一つとなっているのが「定常型社会」というものである。本書は、世紀が変わった2001年、千葉大学の助教授時代に刊行されており、ある意味、ストレートかつ瑞々しい問題意識が行間から垣間見えてくる。この前年、日本における計量経済学等の泰斗、佐和隆光さん(京都大学教授)がやはり『 市場主義の終焉 』(岩波新書)を世に出し、「旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道」、すなわち「第三の道」などを提起している。20世紀から21世紀という「歴史の変曲点」(p.176)の際会にあたって相次いだこれらの述作を振り返ることは、決して無益ではないと、私は思う。
まず、「定常型社会」というものについて、確認しておこう。広井さんによれば「「定常型社会」とは、さしあたり単純に述べるならば、「(経済)成長」ということを絶対的な目標としなくとも十分な豊かさが実現されていく社会ということであり、「ゼロ成長」社会といってもよい」(はじめに)としている。それは「基本的には、経済成長の究極の源泉である需要そのものが成熟ないし飽和状態に達しつつある」(同前)という現実がある。さらに、関連した重要な要因として、一点目が高齢化・少子化の進展、二点目が環境問題である。故に、「定常型社会とは実は、「高齢化社会」と「環境親和型社会」というふたつを結びつけるコンセプトでもある」(同前)ということだ。ここでの大きなポイントとしては「環境(自然)」であろう。
実は、前出の佐和教授も上掲の書帙で、同じく「マテリアリズム(物質主義)」から「ポスト・マテリアリズム(脱物質主義)」のパラダイム・チェンジを時代の転轍点と見据えており、奇しくも「環境(自然)」というものを介して、社会保障論と計量経済学の両碩学の認識が一致していることは印象深い。それはさておき、本書でも「社会保障と環境政策の統合」をテーマに1章を割いている。それは「自然-コミュニティ-個人」=「環境-福祉-経済/市場」というシェーマの文脈で語っている訳だが、そのあたりは当書の肝でもあるので、是非本書を手にとってもらいたいと考える。ただ、当著は、広井さんのベーシックなセオリーを展開しており、例えば、「持続可能な福祉国家/福祉社会」などの大きな主題は詳論されていない。
本書は、“広井理論”のいわば大枠を叙述しているものであり、若干荒削りな部分もあることは否めないだろう。しかしながら、その輪郭を掴むにあたっては、最適な書物と思われる。広井さんはその後、『 持続可能な福祉社会 』(2006年 ちくま新書。以下同)、『 コミュニティを問いなおす 』(2009年)、『 創造的福祉社会 』(2011年)等で、その論理を深め、世に問うてきている。財政学の分野でも、井手栄策さん(慶應義塾大学教授)のような若手研究者等が社会保障における「必要原理に基づく普遍主義」などを訴え、経済成長を前提としない「必要=共存型モデル」を提起している(『 分断社会を終わらせる 』筑摩選書 2016年)。私としては、上述した経済学や社会保障学、財政学などの考究が“日本型福祉社会論”の主潮になることを願っている。
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著者である広井良典さん(京都大学教授)の著作について、私は結構読み込んでいる方だろう。その広井さんの一連の著述でキーワードの一つとなっているのが「定常型社会」というものである。本書は、世紀が変わった2001年、千葉大学の助教授時代に刊行されており、ある意味、ストレートかつ瑞々しい問題意識が行間から垣間見えてくる。この前年、日本における計量経済学等の泰斗、佐和隆光さん(京都大学教授)がやはり『 市場主義の終焉 』(岩波新書)を世に出し、「旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道」、すなわち「第三の道」などを提起している。20世紀から21世紀という「歴史の変曲点」(p.176)の際会にあたって相次いだこれらの述作を振り返ることは、決して無益ではないと、私は思う。
まず、「定常型社会」というものについて、確認しておこう。広井さんによれば「「定常型社会」とは、さしあたり単純に述べるならば、「(経済)成長」ということを絶対的な目標としなくとも十分な豊かさが実現されていく社会ということであり、「ゼロ成長」社会といってもよい」(はじめに)としている。それは「基本的には、経済成長の究極の源泉である需要そのものが成熟ないし飽和状態に達しつつある」(同前)という現実がある。さらに、関連した重要な要因として、一点目が高齢化・少子化の進展、二点目が環境問題である。故に、「定常型社会とは実は、「高齢化社会」と「環境親和型社会」というふたつを結びつけるコンセプトでもある」(同前)ということだ。ここでの大きなポイントとしては「環境(自然)」であろう。
実は、前出の佐和教授も上掲の書帙で、同じく「マテリアリズム(物質主義)」から「ポスト・マテリアリズム(脱物質主義)」のパラダイム・チェンジを時代の転轍点と見据えており、奇しくも「環境(自然)」というものを介して、社会保障論と計量経済学の両碩学の認識が一致していることは印象深い。それはさておき、本書でも「社会保障と環境政策の統合」をテーマに1章を割いている。それは「自然-コミュニティ-個人」=「環境-福祉-経済/市場」というシェーマの文脈で語っている訳だが、そのあたりは当書の肝でもあるので、是非本書を手にとってもらいたいと考える。ただ、当著は、広井さんのベーシックなセオリーを展開しており、例えば、「持続可能な福祉国家/福祉社会」などの大きな主題は詳論されていない。
本書は、“広井理論”のいわば大枠を叙述しているものであり、若干荒削りな部分もあることは否めないだろう。しかしながら、その輪郭を掴むにあたっては、最適な書物と思われる。広井さんはその後、『 持続可能な福祉社会 』(2006年 ちくま新書。以下同)、『 コミュニティを問いなおす 』(2009年)、『 創造的福祉社会 』(2011年)等で、その論理を深め、世に問うてきている。財政学の分野でも、井手栄策さん(慶應義塾大学教授)のような若手研究者等が社会保障における「必要原理に基づく普遍主義」などを訴え、経済成長を前提としない「必要=共存型モデル」を提起している(『 分断社会を終わらせる 』筑摩選書 2016年)。私としては、上述した経済学や社会保障学、財政学などの考究が“日本型福祉社会論”の主潮になることを願っている。
2011年2月28日に日本でレビュー済み
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福祉を支えるためには消費税が財源として考えている点など
本当にそれが現在の日本のシステムにあっているのか?
疑問に思う点も少なくありませんが、社会保障政策の対立軸・あり方、
「機会の平等=潜在的自由」論、経済社会の成長の過程など、
なるほどと思える言質が多いと思います。
経済成長否定派と肯定派の意見があると思いますが、
著者の指摘する143Pの一節で様々な相違点・疑問点・目標点が
解決できるような気がするのは評価しすぎだろうか?
ごく何気ない・シンプルで誰でもが思っている事かもしれませんが
僕は心のもやもやがうまく言語化されたと感じました。
「従来のような物質・エネルギーの消費はむしろ安定化・定常化し、
しかも経済そのものとしては「成長」を続ける、という姿が想定できる」
経済成長が無いとデフレになり、人々は不幸になるのでは?
経済成長を続けると、地球という資源を食いつぶすのでは?
この二つの問題点を解決する概念であり、
我々がとるべき社会の流れの方向性と思います。
本当にそれが現在の日本のシステムにあっているのか?
疑問に思う点も少なくありませんが、社会保障政策の対立軸・あり方、
「機会の平等=潜在的自由」論、経済社会の成長の過程など、
なるほどと思える言質が多いと思います。
経済成長否定派と肯定派の意見があると思いますが、
著者の指摘する143Pの一節で様々な相違点・疑問点・目標点が
解決できるような気がするのは評価しすぎだろうか?
ごく何気ない・シンプルで誰でもが思っている事かもしれませんが
僕は心のもやもやがうまく言語化されたと感じました。
「従来のような物質・エネルギーの消費はむしろ安定化・定常化し、
しかも経済そのものとしては「成長」を続ける、という姿が想定できる」
経済成長が無いとデフレになり、人々は不幸になるのでは?
経済成長を続けると、地球という資源を食いつぶすのでは?
この二つの問題点を解決する概念であり、
我々がとるべき社会の流れの方向性と思います。