スマートフォン版へ

メニューを飛ばして本文へ移動する

これまでの放送

第287回 2016年2月15日放送

カクテルは、人生の味 バーテンダー・岸久



たかが一杯、されど一杯

バーの激戦区・銀座に店を構える岸。世界最高峰と言われるカクテルコンクールで、31歳にして優勝。他の追随を許さないカクテル作りの腕前で、バーテンダーとして初の「現代の名工」に認定された。
岸は決して高価な酒を使うわけではなく、長年の研究と高い技術によって、独自の味わいのカクテルを生み出す。例えばシェークでは、カクテルの種類に合わせて、振るスピードだけでなく、その軌道までをも一つ一つ変える。中でも、前後に振りながらも左右へのひねりも加えたシェーク、通称「インフィニティー・シェーク」は、その複雑さから業界でも岸にしか出来ないと言われている。
また、岸は、氷を「すし屋にとってのシャリ」と例え、その使い方にこだわる。例えば、グラスのふちに四隅がぴたりと合う四角い形のカット方法を1年がかりで開発した。ジン・トニックやハイボールを作るときに使うものだ。氷がグラスの内側に密着しながら酒を混ぜていくと、液体があまりかき乱されることがなく、余分な泡立ちが抑えられるため、飲み頃まで炭酸が抜けないという。
一杯一杯を作るのに、力を尽くす岸。そのこだわりようは、カクテルを作る技だけにとどまらない。営業中、岸はカクテルを口にする客の表情を、さりげなくチェックしている。アルコール感が強すぎたり、甘すぎたりして口に合わないように見える客には、出したカクテルを引き取って作り直すこともいとわない。その一杯を楽しんでもらうために、できることはすべてやるのが、岸の流儀だ。
「たかが一杯のお酒を出す、ただそれだけのことであっても、されどどうなんだろう、もっといいものを作れるんじゃないかと考えれば、奥は深く、新しいことが見えてくる。そういうふうに誠心誠意やっていきたい」と岸は言う。

写真岸しかできないと言われる「インフィニティー・シェーク」。振る軌道が、無限大∞の形を取る。
写真氷にライトを当てて わずかな傷も見逃さないようチェック
写真グラスに合わせてカットした四角い氷
写真四角い氷でジン・トニックを混ぜて作ると 炭酸が抜けにくい


ただ、本心で向き合う

岸のバーには、1日におよそ60人の客が、さまざまな思いを抱えてやってくる。仕事に疲れ、非日常の空間に癒やされたい、家事や仕事にまい進する忙しい日々から離れて1人きりの静かな時間を過ごしたい。そんな客一人一人の期待に応えるのが、バーテンダーの仕事だと岸は考える。客に向き合うとき、岸が心がけているのが、「本心で向き合う」ということ。時にはぶしつけに感じられる物言いで、自分の思いを、飾らずにストレートに客に伝える。もともとシャイな性格の岸は、客に気の利いた言葉やお世辞を言うのが昔から苦手だった。客商売なのに、他のバーテンダーたちのようにうまく接客ができないと、思い悩むこともあった。しかし、いつしか「たくさんの客がやってくるバーでは、マニュアルが通用しない。だからこそ、自分の本心でもって向き合うしかない、それで受け入れられなかったらしかたない」と考えるようになった。今では、そういう岸の正直な姿勢にひかれてやってくる客で、店はあふれている。

写真お祝い事のある客には サプライズでバラの形の氷を使う


夫婦に贈る 思い出のカクテル

岸には、1年で最も緊張する一杯のカクテルがある。毎年、年末になると日本を訪れるアメリカ人夫婦が、日本を離れる前夜、必ず注文する一杯のホットカクテル「アイリッシュ・コーヒー」。夫婦にとって、若き日の思い出のカクテルを一緒に飲むのが、年越しの儀式となっている。前回は、その一杯の出来にわずかに悔いが残り、岸はこの1年ずっとそのことを気にかけていた。今回はいかにして一杯を仕上げるのか。

写真毎年 年末に必ず注文されるホットカクテル「アイリッシュ・コーヒー」
写真客の期待に応えるため 入念に準備を行う


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

生業(なりわい)を超えたところで、心に残る仕事をする人をプロフェッショナルと言うんだと思います。できるようになりたいっていうか、1つでも多く、そういう仕事をしたいっていうことの願望ですね。

バーテンダー 岸久