バーの激戦区・銀座に店を構える岸。世界最高峰と言われるカクテルコンクールで、31歳にして優勝。他の追随を許さないカクテル作りの腕前で、バーテンダーとして初の「現代の名工」に認定された。
岸は決して高価な酒を使うわけではなく、長年の研究と高い技術によって、独自の味わいのカクテルを生み出す。例えばシェークでは、カクテルの種類に合わせて、振るスピードだけでなく、その軌道までをも一つ一つ変える。中でも、前後に振りながらも左右へのひねりも加えたシェーク、通称「インフィニティー・シェーク」は、その複雑さから業界でも岸にしか出来ないと言われている。
また、岸は、氷を「すし屋にとってのシャリ」と例え、その使い方にこだわる。例えば、グラスのふちに四隅がぴたりと合う四角い形のカット方法を1年がかりで開発した。ジン・トニックやハイボールを作るときに使うものだ。氷がグラスの内側に密着しながら酒を混ぜていくと、液体があまりかき乱されることがなく、余分な泡立ちが抑えられるため、飲み頃まで炭酸が抜けないという。
一杯一杯を作るのに、力を尽くす岸。そのこだわりようは、カクテルを作る技だけにとどまらない。営業中、岸はカクテルを口にする客の表情を、さりげなくチェックしている。アルコール感が強すぎたり、甘すぎたりして口に合わないように見える客には、出したカクテルを引き取って作り直すこともいとわない。その一杯を楽しんでもらうために、できることはすべてやるのが、岸の流儀だ。
「たかが一杯のお酒を出す、ただそれだけのことであっても、されどどうなんだろう、もっといいものを作れるんじゃないかと考えれば、奥は深く、新しいことが見えてくる。そういうふうに誠心誠意やっていきたい」と岸は言う。