生涯1社はリスクだ —— 「プロ経営者」が転職人生で気づいた生き残るための3つの法則

31歳で日本コカ・コーラの最年少部長、デルの8期連続赤字の部門を再生と、数々の企業で記録的な成果を残し、液晶ディスプレイ事業のジャパンディスプレイのCMO(チーフマーケティングオフィサー)として経営再建に参画する伊藤嘉明氏(48)。

伊藤嘉明氏

「プロ経営者」と知られる伊藤嘉明氏。

その経歴はユニークだ。決していい条件ばかりの転職だけでもなく、築いたキャリアと違う分野への転職もあった。今では「プロ経営者」と呼ばれる伊藤氏だが、キャリアを重ねる上で何を大切にしてきたのか。


(1) 「人の言うことを聞くな」

伊藤氏が取材中、何度も強調したのが、この言葉。「先輩から『絶対にうまくいかない』『業界としてありえない』と言われてきたことを全部聞かず、強引にやると道が開けた」と、これまでの経験を振り返る。

29歳で入社した日本コカ・コーラで環境経営を打ち出し、31歳で最年少部長に就任。今は各業界にCSRレポートとして馴染みのある、「環境報告書」を業界に先んじて作った。

39歳でソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの日本代表になり、業界内で「よくて35万枚」と言われていた、マイケル・ジャクソンのDVD「THIS IS IT」を230万枚以上出荷する記録的セールスを達成。ダンサーの衣装がスポーツ洋品店で販売されている点に着目し、スポーツ用品店をはじめ、新たな売り場を開拓した成果だった。

44歳で社長兼CEOに就任した家電メーカー「アクア」(旧ハイアール アジア)では、世界一小さい洗濯機「COTON(コトン)」を開発。スター・ウォーズのキャラクターの形をした「R2-D2型移動式冷蔵庫」やIoTに対応した世界初の冷蔵庫の開発を主導し、国内外で話題になった。三洋電機時代から続いた15年連続赤字を1年で黒字化させた。

社内で新しい提案をするたび、必ず反対に遭った。だが「人の言うことは無責任。否定する人は、そもそも何かを変えようとしたことがあるのかなって。やるべきことをやってないのではと。だから、人の言うことは聞かない方がいい」(伊藤氏)。

「そもそも、偉い人、先輩がやってきたことは、そんなにうまくいっていない。若手、経験のないやつの意見をがんがん取り入れ、そういう意見が、実はヒット商品を生み出してきた」。自身の立ち位置は、「オーケストラの指揮者」に例える。「能力のある若手を見つけて、結果を出している。今まで否定してきた人は、何をしていたんだろう、若い子をつぶしてきたということになる。そういう人になっちゃいけない」と強調した。

(2) 成果を出す鍵は「亜流」と「違和感」

伊藤氏のこれまでの転職先は、ほとんどが異業種だ。と言うのも同業他社で事情がわかっている人なら、選ばないような厳しい業界や企業部署ばかりだったからだ。伊藤氏曰く、「完全にババ抜き」。デルは当時8期連続の赤字で過酷な社風で知られていた。ソニー・ピクチャーズも「世界61カ国中61番目の売り上げ。DVDはそもそも斜陽産業」で、アクアで初めて大企業の社長に就任したが、「それもすでに2回潰れている会社」だった。

いわば、周りから反対されるような「亜流」のポジションを渡り歩いた。

「僕はマイナスの状態を±ゼロにする、あえて火中の栗を拾う方が、性に合っていた。90日で最初の結果を出すと決めて、1つの企業には数年」。その短期間で結果を出すために意識したことは、業界や企業の常識に「あえて同化しない」ということ。他の業種や業界から来たことで感じる「違和感」から出る発想が「差異化」につながったという。

身近な違和感の例として、「水曜はノー残業デー」「金曜は定時退社日」と世間で言われる風潮を挙げる。

「じゃあ水曜以外は残業デー? 金曜以外は定時に帰っちゃ行けないの? と。でも周りは言わない。ちっちゃいことかもしれないが、みんな違和感はあるはず。それをそのままにしないで、そこから何かを発想した方がいい」

(3) 社内転職のススメ

誰の心にも「これでいいのかな」という漠然とした違和感はある。「だが、会社や社会のルールに従い、釘を抜かれ、普通になる。違和感を押し殺せば、成長の機会はなくなる」と断言する。

今後はAI(人工知能)が発達し、AIに取って代わられる職種も出てくる。「周りに同化をすれば、会社のやり方にしか通じない人間になり、仕事はなくなる。3年も5年も同じことをやっている方がリスク」と警鐘を鳴らす。

とはいえ、違和感があっても、なかなか行動に移せないもの。第一歩を踏み出すには、まずは、会社を変える「転社」じゃなくても、社内にいながら転職をする「社内転職」を勧める。

「営業なら海外営業、企画営業やるとか、経理しか知らないなら異動願を出して、財務やるとか」

自身も日本コカ・コーラにいた頃、広報や環境の部門にいながら技術本部に打診し、工場の仕事も担当した。

鏡の中の自分を見つめて

多くの成功例の中で、伊藤氏が熱く語るのは、日本コカ・コーラ時代の話。同社は環境経営の企業ランキングで、当時は100位圏外だった。「例えばペットボトルを薄くしたら、環境に優しいだけでなく、コストも大幅に浮く。ビジネスとして、経営の中枢に環境を」と提案し続けた。協力会社のボトラー各社を回って説得し、新たな環境基準を採用し、企業ランキングは23位まで跳ね上がり、最年少部長に抜擢された。

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「人の言うことは聞くな」と繰り返す伊藤嘉明氏。

当時の社長の目に留まり、社長室長の打診を受けた。社長室長の役職は「ゴールデンパスポート」と言われる一方、「グロリアス・ペイン(栄光の痛み)」とも言われる。

「完全に黒子でかばん持ち。ただ数年我慢すれば、本流にいける」

散々悩み、辞令の朝を迎えた。鏡の前でネクタイを締めていると電話が鳴った。伊藤氏を最年少部長に抜擢した米本社の技術担当トップの上司からだった。

「Man in the mirror(鏡の中の男)の目をまっすぐ見られるか」「数年間は自分の意思がなくなる。3週間続けば、お前の目は死んでいるはず」

その上司の言葉に心が動き、「やっぱり断る」と伝えたという。

「Man in the mirror、Woman in the mirror。自分の人生を自分ごとに」

伊藤氏は最後に、当時の上司からもらった言葉を引用して、ミレニアル世代に呼び掛けた。

「今不安に思っている人に言いたい。違和感を持ちながらも、選択しないでいる方が何も進まない。自分の人生を、人ごとにしていないか?」


伊藤嘉明さんと早大卒で元公務員の格闘家、青木真也さんが語るトークイベントが開かれます。モデレーターはBusiness Insider Japan統括編集長の浜田敬子。

10月23日(月)19時〜22時(懇親会+ドリンク付き)、TECH PLAY SHIBUYAで。詳細や申し込みはこちら。


伊藤嘉明(いとう・よしあき) :1969年生まれ、タイ・バンコク出身。米大学院でMBAを取得後、2000年に日本コカ・コーラ入社、初代環境経営部長など歴任。デルでは公共営業本部長として、自衛隊の大型案件などを受注。レノボ、アディダス・ジャパンを経て、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントでは社内のグローバルベストリーダーに選ばれる。2014年にアクア(前ハイアール・アジア)、2017年10月からジャパンディスプレイCMOに。2016年には、X-TANKコンサルティング を設立、現在社長を兼務する。

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