ライフハッカー[日本版]の編集部員であり、神宮前とシンガポールを拠点とするギャラリーショップ「EDIT LIFE」のプロデューサーである松尾仁が聞き手となって、アジアで起業した経営者にインタビューする連載「アジア×ビジネス」。今回は、連日予約で満席の大人気ピザレストラン「Pizza 4P's」を、ベトナム・ホーチミンとハノイで展開する益子陽介さんにお話を伺いました。
1978年生まれ、東京都出身。大学卒業後、商社を経てサイバーエージェントに入社。広告代理店部門でベストプレーヤー賞を受賞。2008年、同社の駐在員としてベトナム・ハノイに赴任。2011年にホーチミンでピザレストラン・Pizza 4P's(ピザフォーピース)を立ち上げる。現在はホーチミンとハノイで店舗を展開するほか、食材宅配サービス「Box 4P's」も展開中。
起業家を目指してサイバーエージェントに入社。ベトナム支社へ。
「強み」と「将来やりたいこと」、「市場」が重なる分野がピザだった。
「将来やりたいこと」は、社会的意義があること。ゆくゆくは循環型のエコリゾートをやりたいという思いがあるので、ホスピタリティ産業の第一段階として飲食、レストランを開こうと考えました。「市場」は、中間層が増えて外食にお金を使うようになっているベトナムの状況から生まれました。80年代の日本でピザのチェーン店が急速に拡大したような状況が、今ベトナムでも起こっているんです。それなら本格的なナポリピザを、チェーン店のピザを食べている人たちに提供すれば喜ばれるんじゃないかと思って。
1枚1000円前後で提供している。
ボトルネックの根本解決というビジネスの基本を守った。
松尾:1号店をオープンさせてから4年強。これまで、フェーズごとに課題と施策があったのではないかと思います。まず、1号店をオープンするまでの課題はどんなことでしたか? 益子:当初の課題はピザに欠かせないチーズをどこから調達すればいいのかということでした。おいしいチーズとは何だろう?と単純に考えると、フレッシュでおいしい牛乳から作られたもの。でも、ベトナムにはビジネスでモッツァレラチーズを作っているメーカーも職人もいなかったんです。入手するにはイタリアから輸入するしか方法がなかったんですが、輸入するとモッツァレラチーズ1個120gで400〜500円ほどかかります。ピザ1枚つくるのに1個のチーズの2/3〜4/5くらい使うので、チーズの原価だけで考えて原価率を33%にしたとしても1枚1200〜1500円で提供しなくては利益が出ない。アメリカやニュージーランドから冷凍チーズを輸入する手段もありましたが、それだと自分たちが求めているクオリティに届きません。じゃあ、作るしかないねってことで、手作りすることを決めました。ただ、チーズを作ったこともなければ、そもそも牛乳がベトナムのどこにあるのかもわからなかったので、初めはバイクで牧場を探すところから始めました。立ち上げメンバーにはピザ職人以外にもう1人、日本人のメンバーがいるんですが、彼も元々は全くの素人。農業大学出身というだけでチーズなんて作ったことがなったんです。だから一緒に牧場がありそうなところにバイクで行って新鮮な牛乳を買って、夜中にYouTubeでモッツァレラチーズの作り方のハウツー動画を観ながら試作をする。そんな試行錯誤を繰り返して、納得のいくチーズができるまでに半年かかりました。
でも、自社で飼育しているのは現在15頭。うちの店では毎日1トンの牛乳からチーズを作っているんですけど、1頭あたり20リットルの牛乳しかとれないので、本当は合計50頭から絞らなくてはいけない。現在は自社の牧場でまかなえるレベルではないんです。ただ、契約農家から仕入れている牛乳も含め、根本的な乳質の改善のために自社の牧場で餌の実験を始めています。
ピザ屋運営を通してチーズ製造もビジネスとなった。
松尾:ボトルネックになるポイントを根本から解決するという、ビジネスの基本を押さえたということですね。そして、おいしいチーズを作るために牛を育てるところから始めたことに、並々ならぬピザへのこだわりを感じます。 益子:先ほどお話ししたようにビジネスでフレッシュチーズを作っている人がベトナムにはいなかったので、他の牧場にも協力してもらいながら現地の5星ホテルをはじめ、レストランなどベトナムにある200軒くらいの施設にチーズを卸しています。チーズをパッケージ化して、ファミリーマートやイオンでの小売も始めました。また、実はいい出会いもあって、2年半ほど前からフランスのチーズの国家資格を持った日本人のチーズ職人も働いてくれているんです。彼はそれまで北海道でもチーズを作っていたんですが、前職を辞めたときに、ウェブで「アジア、チーズ」と検索したら「Pizza 4P's」がヒットしたみたいなんです(笑)。彼が入ってきてくれたから、カマンベールやゴンゴラゾーラなど新しい分野の製造開発が順調に進みました。
事業拡大のため、パートナーとして選んだのはベトナム人投資家。
松尾:では、オープン後に見えてきた課題を聞かせてください。店舗の拡張や新店舗開店にあたって資金面の調達はどうしましたか? 益子:ホーチミンの1号店の拡張では、資金を新たに調達したり借り入れることなく、これまでに1号店で生まれた利益を再投資している状況です。そのため、資金面の課題はなかったのですが、このままでは成長に限界があるので、今年の4月に投資家とパートナーシップを組んで、会社としては上場に向けて拡大していこうと思っているところです。 松尾:パートナーシップを結んだ投資家は、ベトナムの方ですか? また、投資家が入ると、経営方針の相違がポイントだと思いますが、その辺りはいかがですか? 益子:はい、そうです。僕は日本人なので、ベトナムでビジネスさせていただいているという意識がやっぱりあって、常にリスクを感じているんです。ですから、ベトナム人の投資家に参画いただいたのは大きいですね。その方は元々ITの出身で、将来的にはリゾートをつくりたいという考えも合致しているので、感謝しながら助けてもらっています。最大の課題は、常に人材育成
松尾:いい投資家と出会えたことも、事業拡大のより大きな支えになりそうですね。他にはいかがですか? 益子:経営者として常に抱えていて、未だ乗り越えられていないのが人材の問題です。フェーズごとに課題の質は変わってきていますが、その部分に関しては店舗の責任者である妻からお話しさせてください。引き続き抱えているのが日本人のトップマネジメント層とベトナム人のミドルマネジメント層の目線の擦り合わせという課題。目指すクオリティの部分はなかなか言語化できないので、まさに今どうするべきかを考えている最中です。
感動を伝えることがビジネスの成功につながる。
松尾:投資家とのパートナーシップによって規模拡大するにあたって、目が届かなくても運営できるシステムをつくる段階ですね。11月に開店する店舗を含めるとレストランは計3店を運営、チーズの卸業や宅配サービス事業も合わせてさらに拡大されていくと思うのですが、今後の展望を教えていただけますか? 益子:会社としては2020年に株式上場を目指していて、そのための店舗展開を続けていくつもりです。ピザ屋の運営をステップに、その先にはリゾート施設の展開を目指しています。そこでは牛の乳搾りをしてチーズをつくったり、収穫した野菜でピザをつくったり、レストランでの食体験をより深く刻み込んでもらうための体験が提供できればと思っているんですよね。ビジネスでは売上を求めなくてはいけませんが、食を体験する感動も伝えたいので両方を担えるようにがんばっていきたいと思っています。ベトナムでピザが流行し始めたという時代の波を正しいタイミングでキャッチして、今やベトナム1予約のとれないレストラン経営者となった益子さん。途中から取材に参加してくれた奥さまの早苗さんは、彼のビジネスのポイントは「常に少しだけ先を見ること」と「ベトナムだからという妥協をせず、NYでも東京でも店舗展開を続けられるクオリティを保つこと」、そして「流行のものではなく、50年経っても消えない本質のあるものを目指していること」だと話してくれました。
クオリティを保つためにいい素材を探し、そこで起こるコスト面での課題をクリアするために牧場経営まで行う決意をしたこと。そして、事業の成長に合わせて、次のチャレンジに備えること。益子さんの姿勢からは、ビジネスの基本ロジックを堅実に守ることの大切さが見えた気がしました。
(取材/松尾仁、文/宗円明子)