【LGBTがイキイキ働ける環境を】虹色ダイバーシティが目指す「マイノリティも生きやすい社会」

「LGBT」とは、レズビアン(女性の同性愛者)、ゲイ(男性の同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生届などの性別と自分の望むあり方が一致していない人)の頭文字をとった、性的マイノリティの総称のひとつ。

ここ数年、LGBTを取り巻く環境は急速に変化している。2013年にイギリス、フランス、ニュージーランドが同性婚を認めたことが話題になり、日本でも2015年には渋谷区が同性カップルに「パートナーシップ証明書」を交付することが大きなニュースになるなど、LGBTの社会的認知が急速に高まっている。LGBTマーケットに注目した企業が、LGBT向けのさまざまな商品、サービスを拡充する動きも顕著だ。

その中、「LGBTが働きやすい環境づくり」に注力しているのが、NPO法人虹色ダイバーシティ。企業や自治体に対して、主に職場におけるLGBT対応のコンサルティングを行っている。当事者(レズビアン)でもある代表の村木真紀さんに、「LGBTの働き方」に注目したきっかけや、実現したい未来などを詳しく聞いた。

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NPO法人 虹色ダイバーシティ
理事 村木真紀さん

レズビアンだからこそ、進学、就職、キャリア構築に悩んだ

 村木さんは、当事者だからこそ、進学、就職、キャリアに悩み、試行錯誤してきたという経験を持つ。その経験から、「LGBTがイキイキ働ける環境づくり」を目指して2012年に虹色ダイバーシティを立ち上げ、翌年NPO法人化。LGBTフレンドリーな企業を増やすべく日々活動している。しかし、ここに至るまでにはさまざまな紆余曲折があった。

 村木さんが「自分はレズビアンだ」と自覚したのは高校生の時。「親には絶対に言えない。でもずっと実家にいたらいつかきっとバレてしまう。実家から通えない、遠くの大学に行こう」と決意したという。

 北関東にある実家から遠くて、親に金銭的負担をかけない国立で、かつ寮があって…という条件に合ったのが、京都大学。通っている高校からの進学実績はなかったが、猛勉強して見事入学を決めた。

「大学に入って、HIV陽性者支援のボランティアグループに参加したのですが、その活動の中で初めて自分以外のLGBTに会いました。仲間に出会えたことがとても嬉しく、心が一気に開放されましたね。とても楽しく自由な大学生活でした」

 しかし、次は就職で悩む。レズビアンがどんな仕事に就けばいいのか、まったくイメージが湧かなかったという。レズビアンは、将来結婚して男性の給与に頼るというわけにはいかない。自分一人でも食べていけるようにならなければ…という思いが強く、どうすれば早く自立し、一人前になれるだろうと考えた。

 そんな時、地元の大企業に就職し、営業としてバリバリ活躍している10歳上のレズビアンに出会う。「なるほど、この手があったか」と影響を受け、営業をイメージして一般企業を回り、初めに内定が出たある酒類メーカーに入社した。

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職場でもプライベートな会話は避けられない。嘘を重ねる日々に辛さを感じる

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 同期の多くが営業に配属される中、なぜか村木さんは経理部に配属される。初めての経理の仕事は予想外に向いていて、やりがいを覚えたというが、職場のメンバーとのコミュニケーションに苦労させられた。

「お酒の会社なので、みんなお酒が大好き。経理部も頻繁に皆で飲みに行きました。そんなとき、新入社員はどうしてもいじられ役になります。私に対しても、やれ彼氏はいないのか、どんな人がタイプなのか、ジャニーズでいうと誰なのか、果ては隣の部署の○○がフリーだから紹介しようか…などなど。職場でカミングアウトするなんて考えてもいなかったので、そのたびに嘘をついてごまかしたりしていましたが、1つ嘘をつくと、それと整合性を合わすためにまた嘘を重ねることになる。職場はアットホームで皆さん人が良く、いい会社だっただけに、嘘をつくことがどんどん苦しくなっていったんです」

 その結果、村木さんが取った行動は「飲み会に参加しない」こと。先輩や同僚に誘われるたびに、「ちょっと予定が…」と断った。楽しいはずの同僚とのランチも、徐々にしんどくなった。週末に何をしていたの?と聞かれて「温泉に行った」と答えると、当然「誰と行ったの?彼氏でしょ?」となる。相手に全く悪気はないことはわかっているが、そんなやりとりにも辛さを感じるようになった。

 仕事は楽しいし、皆のことは好きなのに、距離を置かざるをえない。そんな状況がどうにも辛くて、3年で退職を選んだ。
 そしてその後、村木さんは「自分らしく働ける職場」を求めて、4つの職場を転々とすることになる。

 外資系コンサルティング会社は、数カ月単位で新しいクライアントに就くという目まぐるしい環境で、仕事ができる人が評価される。プライベートな会話をする時間もなかったことが、逆に居心地が良かったが、今度は激務過ぎた。

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やっと出会えた理想の環境。しかし「上司の一言」で休職を余儀なくされる

 5社目のITベンチャーは、中途入社者が多く、社員同士の程よい距離感が心地よかった。給与もそこそこ、外資系コンサルほど激務ではない。ようやく落ち着ける場所が見つかったかな…と思えたという。

 そしてこの会社では、初めて仲のいい同僚1人にカミングアウトした。

「その同僚の旦那さんは東南アジア圏のご出身なのですが、結婚する時に親戚中の大反対にあったそうで。『この人ならば、マイノリティの気持ちをわかってくれるんじゃないか』と思えたんです。いざ話す時は震えるくらい緊張しましたが、理解し受け入れてくれて心底ほっとしましたね。職場に理解してくれる人がいるだけで、こんなに心穏やかになるのだと気付きました」

 しかしその後、意に反して休職することになる。

 20人ほどの支社にもかかわらず3人が一気に辞めることになり、1人当たりの仕事が急増。やってもやっても仕事が終わらず、ストレスからとうとう眠れなくなった。

 そんな中、ゲイの友人が自ら命を絶つという衝撃的な出来事があった。うつ病を長く患っていて、なかなか就職することができず、生活保護を受けざるを得なくなった友人。家族にはゲイということを隠し、ゲイの友人には生活保護を受けていると言えず、大変な思いをしたのだろう。とても悲しく、ショックを受けるとともに、自分もそうなる可能性があったんじゃないかと深く考えさせられたという。

「止めとけばいいのに、そんなことがあった翌日も、私は無理を押して出社しました。すると、朝礼で上司がゲイを揶揄するような冗談を言ったんです。普段ならば軽く受け流せていたような話ですが、タイミングがあまりに悪かった。こういう人がいるから、友人は死を選んだんじゃないかと考えてしまい、とにかく悔しくて。思い切ってセクハラ・ホットラインを使って、人事に『これは人権問題じゃないか』と直訴しました。しかし返ってきた答えは、『意見はもっともだけど、あなた自身が触られたり、セクハラ発言をされたりしたわけではないでしょう?』。勇気を出して訴えたのに、まったく問題にされなかった。この職場で働くモチベーションがぐっと下がりました。これと睡眠障害が引き金となり、3カ月間休職することになったんです」

当事者仲間と仕事の悩みを共有、「LGBTだからこその悩みでは?」と気付く

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 休職中に、東日本大震災が起きた。外に出ず、家でずっとテレビを見るという生活を送っていたが、テレビをつけるたびに壮絶な映像の連続。胸が締め付けられ、心がさらに苦しくなった。

 ちょうど同じタイミングで休職したレズビアンの友人が近所にいたので、気分転換をしたくてお茶に誘った。そこである「気付き」を得たという。

「2人でお茶を飲みながら語り合う中で、仕事の悩みが似ていることに気付きました。上司が信頼できない、チームに溶け込めていないと感じる、今の会社で頑張っても報われないんじゃないか…。初めは、女性ならではのキャリアの悩みかと思ったのですが、友人の勤務先は女性に関する制度がほぼ整っている大手企業であり、私は男女関係なくチャンスが与えられる風通しのいいベンチャー。もしかしたら、LGBTだからこそぶつかる悩みなんじゃないかと思ったのです」

 海外企業では、LGBTに関する施策が進んでいた。ネットで検索してみたところ、英・米にはLGBT支援団体があり、LGBTフレンドリー企業としてさまざまなグローバル企業の名前が紹介されていた。そこで休職後、休暇をとってイギリスにわたり、友人に会うかたわらロンドンのストーンウォールという支援団体を訪ね、さまざまな資料をもらってみた。その中のレポートの一つに「LGBTが職場で抱える悩み」としてたくさんの当事者の声が紹介されていたが、「会社ではカミングアウトできない」「仲のいい同僚には話したいが、迷ってしまう」など、どれも自分たちが感じている悩みと同じだったという。

国は違えど、職場で抱えている悩みは同じだとわかりました。でも海外では、LGBT支援に取り組んでいる企業がこんなにある。日本でも、このような働きかけをするべきではないか?との思いに突き動かされました。そしてすぐにパワーポイントにLGBTの現状と海外の状況をまとめて、海外でLGBT支援に取り組んでいた野村證券様に話しを聞きに行ったんです」

 その野村證券で初めての講演の機会をもらい、LGBT支援の必要性を説いた。そこに他社の人事も見に来ていて、「うちでも講演をしてほしい」との依頼が舞い込み、口コミで徐々に依頼が増えていったという。

 初めは平日に休みを取り、プロボノ的に活動していたが、有給休暇がなくなり、独立を決断する。「金銭的に自立すること」が仕事の目的のひとつだったので、当初は会社員を辞めるつもりはなかったが、その頃ちょうど再選されたオバマ米大統領が「LGBTの権利を支持する」発言を行い、世界的に話題を集めていた。「もしかして、今がチャンスかもしれない」と2012年に独立、翌年2013年に虹色ダイバーシティとしてNPO法人化した。

企業へのLGBT支援コンサルのほか、職場での「支援者」づくりにも注力

 現在は、企業や自治体に対して、職場におけるLGBT対応についてコンサルティングや研修などを実施している。3年超にわたる活動の中で着実にクライアント数は拡大し、ソニー、パナソニック、イオン、NTT、KDDI、大阪ガス、東京ガスなど、業界や企業規模に関係なくLGBTフレンドリー企業が増えていることに手ごたえを得ている。

LGBTフレンドリー企業が増えれば、当事者は『この会社のほうがイキイキ働けそうだ』と転職を考えます。少子高齢化で労働力人口が年々減少する中、LGBTにかかわらず優秀な人を採用し、また当事者に気持ちよく働いてもらう環境を整えてパフォーマンスを上げてもらうことは、これからの企業にとっては重要な施策だと考えています」

 職場での「アライ」(支援者)づくりにも力を入れている。

「海外では、当事者のカミングアウトを勧める気運がありますが、日本ではまだその環境はできていません。カミングアウトしたことにより職場でいじめられたり、解雇されたりするリスクは依然あり、現状では安易に勧められません。また、当事者自身が会社に『何か対策をしてほしい』と申し出るのもハードルが高いものです。まずはアライを増やすことで、当事者が気持ちよく働ける土壌を整備するほうが、日本企業にはフィットするはず。それに、企業が自社の当事者の数を把握するのは難しいですが、アライならばカウントできる。LGBT支援のためのPDCAを回してもらうためにも、企業研修や冊子での啓発、eラーニングなどを通じて、アライづくりの活動をさらに活発化させたいですね」

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冊子での啓発も積極的に行っている

LGBTフレンドリー企業が増えれば、いずれは社会制度も変えられるはず

 村木さんのさらなる目標は、「社会制度を変える」こと。企業のLGBT対策が進み、人々の考え方、見方が変われば、職場のみならず社会制度に影響を与えることができると考えている。

「日本には、LGBTを守る法律がありません。たとえば、事実婚状態にあった同性パートナーが別れる場合、双方が金銭的に自立していれば問題ありませんが、片方が働いていて片方が『主婦』状態で家庭に入っていた場合、男女の夫婦ならば財産分与などの法的保障がありますが、LGBTの場合は何の保証もなく、外に放り出されてしまう。たくさんの企業がLGBT向けの制度を整えていけば、国もその動きを無視できなり、同性パートナーへの法的保障を検討してくれるようになるのではないか。そう考えています」

 村木さんはこれまでのキャリアを振り返り、「今思えば、無駄な経験は一つもなかった」と感慨深げに話す。

「カミングアウトしないまま何度も転職を重ね、そのたびに苦労し、悩みました。山あり谷あり、紆余曲折を繰り返してきた社会人生活だったと思います。でも、だからこそ職場でカミングアウトできないでいる当事者の苦労もわかります。それに、就職した酒類メーカーでは社会人としての基礎を叩きこまれ、コンサルやベンチャーではプロジェクトマネジメントを学び、多種多様なビジネスのポイントもつかめた。休職したことも、今考えれば当事者にはよく見られるケースであり、メンタルヘルスのテーマにも強くなれた。そして、いくつもの企業を転々としてきたからこそ、働きやすい職場づくりの大切さについて強い思いを持って話せるし、企業側の気持ちもわかります。約20年の経験が、フルに活かせているのが今。これからも活動に注力し、すべての人が気持ちよく、イキイキ働ける環境づくりにまい進したいですね」

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EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:掛川雅也

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