東日本大震災アーカイブ

(61)はけ口 アルコール 救いの手 減酒・断酒へ寄り添う 本県に専門知識を移植

アルコール依存症の患者が入る久里浜医療センターの専門病棟

 平成26年度からアルコールに依存した本県避難者らへの支援に乗り出す神奈川県横須賀市の国立病院機構久里浜医療センター。被災者の心のケアと減酒・断酒指導が取り組みの中心となる。
 アルコール依存症が懸念される住民の情報を各市町村の保健師から集め、医療機関に紹介したり、定期的な見守りの仕方などを助言したりすることを想定している。
 東京電力福島第一原発事故で古里を追われ、避難者はストレスをため込む。センター副院長の松下幸生さん(52)は「酒の問題にどう向き合い、どう付き合えばいいのか。避難者の酒に起因する死を食い止めなければならない」と誓う。

 依存症に至らないまでも大量に飲酒している避難者は少なからずいる。帰還が見通せない中、仕事を失った人もいる。つらい人生を考えると、酒を飲まずにはいられない。酔うことで現実から逃れようとする。救いの手を差し伸べるのが久里浜医療センターだ。
 依存症になる前に早期発見するのが理想だ。しかし、依存症の避難者は増え続けているとみられる。酒に依存する避難者への接し方が十分に理解されていないのが現状だ。
 例えば、酒浸りの人に周囲が忠告しても聞き入れてもらえないことがしばしばある。
 松下さんはアルコール依存の危険性を患者に説いた際、「精神障害者扱いするのか」などと言われたことがある。こうした場合は、酒の話をすぐに切り出さずに、世間話をしたり、高血圧などの健康の話をしたりして相手との距離を縮めるのが鉄則だ。
 ある程度、打ち解けたところで普段の飲酒頻度、飲酒量などを聞いて、アルコール依存の深刻度合いを調査する。症状が軽ければ「介入不要」、大量飲酒には「減酒指導」、依存症が疑われる場合には「医療機関へ紹介」などと判断する。
 肝臓障害や低栄養状態など飲酒が原因の身体的特徴が見られた場合や、うつ病や認知症などの精神疾患を併せて発症した場合には専門家に急いで引き継ぐ必要がある。これらの判断はアルコール依存症患者を専門に治療してきた経験があるからこそできる。
 断酒にはどんな酒をどれくらい飲んだのかなどを毎日記す「飲酒日記」も有効な手法だ。「1日2合程度に我慢する」「週に2日は飲まない日を作る」などの目標を決め、患者自らに酒の飲み方に関心を持ってもらう。押し付けではなく、励ましながら減酒・断酒に取り組む避難者に寄り添う。
 酒に溺れない日常を取り戻すことで「避難先での生活再建などを少しでも前向きに考えることができるようになれば」と松下さんは願う。

 久里浜医療センターには年間、800人から900人のアルコール依存症の患者が全国から訪れる。入院から10週間、酒がもたらす心身への害について学びながら、酒を断つ。
 アルコールへの依存は配偶者や恋人らへの暴力、暴言、子どもの養育拒否、虐待など深刻な家庭問題や社会的問題に発展する場合がある。はけ口が自分に向いて自殺に至るケースもある。
 松下さんは、原発事故による避難で家や仕事、生きがいを失った人はとりわけ、依存しやすい状況にあると警鐘を鳴らす。「将来的に久里浜医療センターから福島に人材を派遣できなくなった時、症状が後戻りしたのでは意味がない」
 原発事故による避難生活が長期化している今、飲酒に逃げ込み、苦しみを忘れようとする避難者―。酒への依存から脱却できるよう、アルコール依存を防ぐ専門知識を本県に根付かせる覚悟だ。

カテゴリー:原発事故関連死