2016/06/20

【ITプチ長者への道】LINEスタンプ職人は72歳! 後編「売れるスタンプは"手"が違う?」

茨城名産のこんにゃくをゆるキャラ化した『こんにゃくのように柔軟な家族で行こう。』スタンプ©田澤エンタープライズ

スマホアプリやLINEスタンプ、イラスト、写真......etc。今の時代、個人が制作したものを、ネットを利用して販売するチャネルが増えている。でも、そのなかから頭角を現すのは、ほんのひと握りだけ。彼らはなにが違ったのか? 「ITプチ長者への道」第2回は前回に引き続き、LINEスタンプ職人の田澤誠司さんに話を聞いた――

<前編はこちら>

イラスト上達のコツは「下手なところをひとつずつ潰す」ことから

ユニークすぎるイラストとメッセージが話題を呼び、2万セット以上を売り上げたというLINEスタンプ『団塊の世代』。その作者である田澤誠司さんは、なんと御年72歳という人生の大先輩。大手メディアでも引っ張りだこの「時の人」となった現在もマイペースでスタンプ制作を続けている。

田澤さんのイラストは、エクセルのフリーハンドツールで描かれている。会社員時代、現場の安全指導用に作成した「紙芝居」のために描き始めたイラストは、参考書すら読まなかったというまったくの自己流だ。

「必要があったから描き始めたってことだよネ。似顔絵を始めたのも、退職して家ですることがなくなったから。なんもしてないと、奥さんとすぐケンカになっちゃうんだよ(笑)」

テレビに登場するタレントや家族を題材にした似顔絵を描きはじめた田澤さん。もちろん最初は、上手に似せることができなかった。

お孫さんからのリクエストを受けて、男性アイドルを描く

「自分では自信があるんだけど、人に見せても『誰だこれ?』って言われちゃうわけですョ。そこで腹を立ててもしょうがないから、逆に『どこが似てないんだ?』って聞くのね。それで、似てないところを直していくわけだ」

上手なところを伸ばすのではなく、下手なところを調べ、ひとつずつ潰しながら完成に近づけていく。この発想は、イラストに限らずすべてのスキルアップにおいて参考になるところ。田澤氏の豊富な人生経験が伺える発言である。

豊富な制作活動を経て田澤氏が掴んだ、LINEスタンプの制作三原則

代表作となった『団塊の世代』を含め、田澤氏がこれまでにリリースしたスタンプは実に30種以上。「2万セット以上売れたのは『団塊の世代』だけ」と謙遜するが、それでもコンスタントに収益を上げているのは凄いことである。イラストと同様、LINEスタンプの制作&販売に関しても、独学で臨んだという田澤氏。「売れるスタンプ」のメソッドを、どうやって掴んだのだろうか?

「30個以上のスタンプをつくったけど、結論としては『なにが売れるかわかならい』ってことだよネ。『団塊の世代』だって、元々は同世代が使えるものをつくったつもりだったけど、若い人たちに売れたわけだし。まぁ、大事なのは『とにかくつくって売ってみる』ことかな。なにしろ売ってみないことには、売れるかどうかなんてわからないもの」

至極もっともなご意見である。しかし掘り下げてみると、やはり田澤氏の脳裏には30種以上のスタンプ制作から得た、独自のメソッドが隠されていた。以下、ポイントをしぼって紹介しよう。

【その1】「売れているスタンプ」の真似をしないこと

スタンプ制作を始めたとき、田澤氏がまず心がけたのが、ほかのスタンプを見ないことだったという。

「特にランキングに入ってるスタンプを見ちゃうと、どういうスタンプが売れてるのかが、わかってしまうわけですョ。それを真似しても、似たスタンプしかできないから。そもそも、みんなオレなんかより絵が上手いわけだし。意識して『売れるスタンプ』をつくろうとしたら、絶対に埋もれてしまうぞって、最初に思いましたネ」

【その2】「イメージが膨らむストーリー」をつくること

その後、既存のスタンプをいくつか使ってみて気がついたポイントがこれ。

『沈着・冷静な静かなる「ドクター」』シリーズ©田澤エンタープライズ

「スタンプって『こんにちは』とか『おはよう』とか、挨拶に使うのがほとんどでしょ?実用的なのかもしれないけど、それだとほかの使い道がないよなァって。『団塊の世代』を出したとき、周りの人からは『こんなのなにに使うかわからない』って言われたんです。でも、買ってくれた人は自分で使い道を考えて自由に使ってくれたんだよネ。これは、とても刺激になりました。そういうふうに、使う人がイメージを膨らませることができるようなスタンプをつくるためには、まず自分でスタンプ全体の『ストーリー』を考えないといけないと思っています」

【その3】「手」の表現を重視すること

30種以上ものスタンプを制作するうちに、田澤さんがだどり着いた、スタンプにおける"表現の要"となったのが、「手」と「顔」の表現だった。

これまでにつくった手のパーツコレクション。手は顔ほどにものを言う

「スタンプって、とっても小さいものでしょ? だからキャラクターの表現も限られてくるわけですョ。体全体で表現しても、小さすぎてまったく伝わらない。大事なのは、顔の喜怒哀楽と手の動きなんだネ。だから、手の動きをたくさんつくってエクセルにためておくわけ。表情のパターンも一応ためてあるんだけど、顔は流用しちゃうと似たスタンプばっかりになっちゃうから、参考程度にして。目的にあわせて、手のパーツを微調整しつつ組み合わせて仕上げていくんです」

なによりも大切なのは「自分が納得できるモノ」をつくり続けること

スタンプを制作する上で、なによりも大切なのは「周囲の意見は参考程度にとどめ、自分が納得いくものをつくり続ける」ことだという田澤さん。

「今でも孫や奥さんから言われるんですよ。『もっとかわいい絵を描け』とか『意味がわかるスタンプにしろ』とかってネ。でも、自分が納得できないものを世に出して上手くいかなかったら後悔が残るじゃない。『これがオレのスタンプだ』って、胸を張って言えるものをこれからもつくっていきたいよね。そこだけは譲れないから」

とはいえ、最近の作品では、これまであえて避けていた『かわいさ』にもチャレンジ。その一つが、テレビで観て感銘を受けた生物をモチーフとした『氷の妖精「クリオネ」ちゃん』だ。

『氷の妖精「クリオネ」ちゃん』シリーズ©田澤エンタープライズ

「こんなかわいい生き物がいるんだ! って驚いたのョ。それでスタンプにしてみたくなったわけ。これまで、たくさんのスタンプをつくってきたから、そろそろこういうのにもチャレンジしてみようかなって。やっぱり、やるからには一度くらいは大ヒットを狙ってみたいじゃない?」

湧き上がる興味と制作意欲の赴くままに、今日もエクセルでイラストを描き続ける田澤さん。今後は「エクセルイラストレーター」として、絵本の出版も予定しているという。72歳で迎えた「第2の青春」は、まだまだ続いていく。

取材・文:石井敏郎