賃貸住宅だけでなく、ペット飼育可能物件が増えている分譲マンションでも猫の飼育への配慮はあまりないのが現状です。通常、新築マンションでは、飾り棚や食器棚、和室から洋室への変更、照明、エアコン、食洗機、鏡、カーテン、フロアコーティングなど契約時に選べるオプションが多数用意されていますが、残念ながら猫用のオプションは見たことがありません。
例えば、網戸は猫がよじ登っても破れないよう網の強度を高めたもの、壁紙(ビニールクロス)は爪とぎの引っかき傷や破れができにくい丈夫なもの、床材は丈夫で滑りにくいものが理想的です。猫用のくぐり戸、キャットウォーク(猫用の通路)、キャットステップ(猫用の階段)、飛び出し防止用フェンスなどもオプションとしてぜひ用意して欲しいものです。
また、最初から猫仕様になっている住宅の確保は難しくても、リフォームやDIYで猫仕様に変えることはできます。何も本格的な設備である必要はありません。前述したキャットウォークやキャットステップは、棚やタンスなどの家具で代用できます。
傷つきにくく滑りにくいフローリングの床材や掃除しやすい床材でなくても、カーペットやラグ、マット類を敷くことで同様の効果が期待できます。タイルカーペットなら汚れた部分だけを洗ったり、交換したりすることができるので経済的です。防音効果も増すので、階下の住民に対する騒音防止にも役立ちます。このように、あらかじめ猫仕様の内装・設備になっていなくても、飼い主の工夫次第で猫にとって快適な住宅にすることができるのです。
最近では、壁や床にくぎ一本も打てなかった賃貸住宅でも、入居者が内装を自由に改修することを認める物件が増えてきました。今後、マーケットでの顧客獲得競争がさらに激しくなれば、猫の飼育可で入居者による改修もできる賃貸物件がさらに増えるのではないでしょうか。
マンションの場合、分譲でも賃貸でも多くの人が住むわけですから、猫と飼い主だけでなく、猫が苦手な人やアレルギーなどの理由で飼いたくても飼えない人も含め、住人みんなが気持ちよく暮らせる管理運営の仕組みやサポート体制が重要です。
最近、管理規約のペット飼育細則の中に、「ペットクラブ(動物飼育者組織)」規定を設けてペットを飼育する住人に加入を義務付け、ペット飼育に伴う問題解決に活用しようというマンションが増えているのは喜ばしいことです。
最後に、猫と人が幸せに暮らせる理想的な住宅の内装・設備、サービスのスペック(仕様)を、集合住宅と一戸建て住宅の違いを意識しながら一覧表にしてみました(図1参照)。
これらのスペックすべてを網羅するのは現実的に難しいですが、優先順位は考えておきたいものです。猫の完全室内飼いを前提にすれば、ドアや窓などの逃走防止策は必須です。猫目線で隠れる場所がたくさんあり、上下に移動できることも猫の暮らしやすい環境として大事です。
いずれにしても、不動産分野において猫と人との共生の試みはまだ始まったばかりで、住宅の内装・設備、管理運営に、愛猫家の意見や経験、動物専門家や保護団体などの知見をもっと反映させる必要性を感じます。
しかし、住宅の内装・設備というハードウエアと管理運営というソフトウエアが猫の飼育を前提にしたものなら、それだけで猫にとって理想的な「住まい」になるわけではない点にも注意が必要です。つまり、飼い主の意識や能力などヒューマンウエアがお粗末な場合、どれほど住宅の内装・設備、管理運営が猫用につくり込まれていても、猫にとって理想的な「住まい」には絶対にならないからです。住宅という不動産のあり方だけの問題ではないのです。
ヒューマンウエアとして、飼い主自身が猫の習性をよく理解しており、また飼い主としてのマナーもしっかり身につけていることが求められますが、最も重要なヒューマンウエアは、飼い主の猫に対する終生にわたる愛情です。
飼いたいという意思がある以上愛情があるのは当たり前といわれそうですが、行政の保護施設へ猫を持ち込む人の2割は飼い主自身という事実があります。さらに、完全室内飼いの猫は平均でも15、6歳まで生きますから、子猫を譲り受けたとしても将来は老化や病気で介護が必要になる可能性があることも覚悟しておくべきです。
猫を家族の一員として迎え入れ、一緒に幸せな日々を過ごすためには、終生にわたる愛情があるのはもちろんのこと、飼育に伴う費用など将来のさまざまな負担に対する覚悟も問われるのです。
少子高齢化で世界の最先端を行く日本。若い世代を中心に生活様式や価値観は劇的に変化していますが、不動産ビジネスのあり方は高度経済成長時代と大きく変わっていません。例えば、自宅でもカフェでもオフィス同様の仕事ができるツールや環境を手にしたにもかかわらず、企業組織やオフィス賃貸借のあり方は旧いままです。ペットの飼育に限らず、子育て支援や若者支援など、多くの人が切実に求めている住宅が提供されないのは、不動産ビジネスの方が遅れているからではないか、自分が顧客になったつもりで本気で知恵を絞れば解決策は見つかるのではないか、そんな思いが少しでも伝わったならうれしいです。