「PRESENT」
関根信一

●その1●

>>>その2>>>

 

劇団フライングステージ 第25回公演 上演台本

 PRESENT プレゼント
  
                                関根信一

林田太陽(25歳・フリーター)  …… 早瀬知之
坂井真人(30歳・公務員)    …… 増田 馨
久保田充(26歳・ブリーダー)  …… 石関 準
林田敦子(52歳・太陽の母)   …… 関根信一
望月裕二(23歳・学生)     …… 小林高朗
内田博之(42歳・ボランティア) …… ますだいっこう
泉 謙吾(25歳・フリーター)  …… 野口聖員

2003年の東京。
初夏から冬にかけて。
舞台にはソファが一つ、その前に低いテーブル。


1、悩み相談

6月。
林田太陽と坂井真人が住む、2LDKのリビング。
座り心地の良さそうなソファとテーブルのセット。
下手に玄関に通じるドア。
上手側には2人の部屋。
今日は土曜日。とってもいい天気なのどかな昼すぎ。
真人が下手から登場。
鼻歌を歌いながら、2人分の朝食のしたくをしている。
どうやら、下手のキッチンで料理をしていたらしい。
トレイに載った2人分のトーストに目玉焼き。
コーヒーポットにも2人分のコーヒー。幸せそうな朝食の風景。
太陽が登場。パジャマ姿。

真人 おう。
太陽 おはよう。って、何、もうこんな時間。信じられない。

真人、忙しく、テーブルのセッティング。
こだわりがかんじられる。

真人 コーヒー?
太陽 うん。

太陽がだらだらとしている間に、真人はもうすっかり落ち着いている。

真人 いただきます。

勝手に食べ始める。

太陽 怒ってる?
真人 何、それ?
太陽 怒ってるんだ。
真人 怒るって何に?
太陽 ……。
真人 起こさなかったこと? だって、聞いてないよ。何も。
太陽 そうじゃないけど……あのさ、ちょっと話があるんだけど……。
真人 いいから食べちゃってよ。かたづかないから。話はそのあと。

太陽、食べ始めるが、すぐにやめてしまう。
真人は、新聞を読んでいる。

太陽 ねえ、今日忙しい?
真人 うん……
太陽 どっか行くの?
真人 うーん……
太陽 (強く)どっちよ!
真人 話しかけないでよ、ほらこぼした。
太陽 コーヒーおかわりいる?
真人 いらない。
太陽 ね、聞いて!
真人 何よ。

真人 今日バイトなんじゃないの?
太陽 今日は休み。
真人 だいじょぶなの? 全然働いてないじゃない。
太陽 行ったって、仕事ないんだもん。
真人 じゃあ、他の仕事探しなよ。(気がついて)何だ、その話?
太陽 違うって。昨夜……
真人 ああ、昨夜……? 別にいいって、気にしてないって。
太陽 すっごいひさしぶりだったのに。
真人 いいよ、ひさしぶりだったんだから。
太陽 そうだよね、やり方忘れちゃうくらい。
真人 ……。
太陽 ごめん。実は……あのあと、ずっと眠れなくなっちゃって……
真人 知ってる。起きて、ビデオ見てた。「大奥」。
太陽 何、知ってたの? じゃあ、一緒に見ればよかったのに。
真人 もう見たし。浅野ゆう子、いいかんじ。菅野美穂今いち。
太陽 何で言うかな。そういうこと。
真人 何よ、もう見たんじゃないの?
太陽 見てないよ。
真人 え? じゃあ、何してたの?
太陽 知らないよ。
真人 何、怒ってんだよ?
太陽 怒ってないって。
真人 話って何?
太陽 だから……、もう、いいよ。
真人 よくないって。話あるって言ったじゃない? 話しなよ。
太陽 もういいよ、そういう気分じゃなくなった。
真人 気分でやめてもいい話?
太陽 まあね。
真人 じゃあ、いいや。ごちそうさま。

さっさと自分の分をかたづけ始める。

太陽 何、急いでるの?
真人 別に。
太陽 やめてくれるかな、その「別に」っていうの。
真人 何で?
太陽 嫌いなの。知ってるでしょ。
真人 嫌いなのは知ってるけど、何で?
太陽 その「何で?」っていうのもやめてほしい。
真人 え? じゃあ、しゃべれないよ。
太陽 じゃあ、しゃべるな!
真人 ……。

真人、片づけの続き。キッチンに消える。

太陽 ねえ、どこのうちもこんなかな?
真人 ……。
太陽 遅く起きた土曜の昼過ぎって。
真人(声) さあね。

あわてて顔を出して。

真人 「さあね」も禁止?
太陽 いいよ、それは。
真人 何なの、話って?
太陽 ……ゆうべはごめん。
真人 さっき、聞いた。
太陽 ごめんね。
真人 いいって。

二人、並んで座っている。

真人 どっか行く?
太陽 映画?
真人 「シカゴ」とか。
太陽 こないだ見た。
真人 「ターミネーター3」は?
太陽 まだやってないって。
真人 でも、どっか行こう。
太陽 どっか。そうだね。うん、そうしよう。

と玄関のチャイムの音。
立ち上がる真人。

真人 誰、こんな時間に?
太陽 宅急便じゃない。佐川のお兄さん、けっこうイケてるよ。男くさくて。
真人 パスパス、汗くさすぎ。
太陽 汗くさいの好きだって言ってたじゃん。

真人、無視して玄関へ。
間。
そして、久保田充を連れて登場。

充  ハロー!
太陽 あれ、みっちゃん。何の用?
充  何よ、その言い方。用がなくっちゃ来ちゃいけないの?
真人 普通は来ないよ。用もないのに。しかもアポなしで。
充  だって、思いついちゃったのよ。近所まで来たし。誰もいなかったら、帰ろうと思ったの、やだ、あんたまだ寝てたの。ヤル気ないわね。
太陽 みっちゃん、来るってわかってたら、豪華にドレスアップしてました。
充  あら、そう。アタシもコーヒーもらおうかな?
真人 喫茶店じゃないんですけど。
充  ついででしょ。じゃ、いいわよ、アタシやるから。
真人 いいから、座ってて。

真人、コーヒーの支度にキッチンへ消える。

充  相変わらず片づいてるわね、何て言うか、イライラするわ。
太陽 やめてよ、また、ちらかして帰るの。
充  どうしてこんなに生活感のないところに住めるわけ? 何だか、デザイナーのショールームみたいじゃない?
太陽 こういうの好きだから。
充  アタシはだめ。なんていうか、エコロジカルな女だから、ガーデニングとか、ペットとか。そういう生き物の気配がないと、絶対にだめ。
太陽 元気、チビちゃんたち?
充  みんな巣立っていったわ。無事に。一匹、ちょっと大きくなりすぎたのがいたんだけど、そのへんは適当に。ちょちょちょいっと。
太陽 トイプードルって大きさの規格きびしいんじゃないの? そんないいかげんなことしてるとブリーダーの免許、取り上げられちゃうよ?
充  みんなやってんだから。あ、そうだ。あんたんとこに一匹いくって話、どうなったんだっけ?
太陽 イヌはよそうって。なんだかいやな思い出があるらしくって。
充  いやな思い出って何?
太陽 まだ聞いたことない。子供の頃らしいんだけど。
充  何よ、つきあって何年?
太陽 もうじき3年。
充  一緒に住んでて、そんな話も共有してないわけ?
太陽 だって、話したがらないんだもん。
充  そのぐらい無理ヤリ聞き出すのよ!

真人、登場。

真人 何、無理矢理聞き出すって?
充  あんた? イヌ嫌いになったいやな思い出って何?
真人 ……話したくない。
充  何よ、かっこつけて。いいから言いなさい。
真人 かんべんしてよ。
充  いいじゃないよ、さらっと言ったって。
太陽 やめなよ、顔色悪いよ。
充  何なのよ? それって。すっごい気になるんだけど。
真人 勘弁して……
太陽 お願い、やめてあげて。
充  わかったわよ。ふん、仲良しね。

充、コーヒーを飲む。

充  そうそう、ちゃんと用事あってきたんだわアタシ。
太陽 何、思い出してんの?
充  写真、写真、こないだの名古屋の写真。
真人 わあ、ありがとう。
充  デジカメだけど、あんたたち映ってるの、適当に焼いておいたわよ。
太陽 いいのに、データくれれば。
充  やあなのよ。モニターで写真見るの。写真はやっぱりアルバムに整理するもんでしょうよ。
太陽 ふーん。
真人 晴れてよかったよね。
充  ほんと、アタシ、初めて行ったけど、おもしろかったわ。名古屋のゲイバーっていいわね、元気があって、ああいうイベント、みんなでやっちゃうんだもんね。
真人 誠さん、すごい何、この顔? 「あっかんべーあざらし」みたいじゃない?
太陽 ていうか「タマちゃん」?
充  あ、これはね、あんまりすごいから、特別に焼いておきました。あんたち映ってないけど。
真人 怒られない?
充  いいのよ、内緒なんだから。一緒に旅行するのも久し振りだったしね。二泊三日で名古屋って、言葉にするとかなり地味ーなかんじだけど。それでもね、どこもいかないよりは。
真人 うちもそんなもんだって。
太陽 うん。
真人 ついでにエイズの検査受けて。
太陽 そうそう。
真人 けっこう意味あったよね。
充  たしかにそうよね。アタシだってさ、あの人とつき合うまで結構おてんばしてたから、それなりに気をつけて、まめに検査受けてたんだけど、つきあい始めてからはね……
真人 うーん。
充  わざわざ行くのもね……。
真人 そうそう。
充  やっぱりちょっとドキドキするもんなのよ。お互いにだいじょぶだってことがわかってても。
真人 でも、それって大事なことだよ。
充  ま、優等生。「お転婆」なんて言葉、辞書にもないような言い方ね。
真人 それは、まあ……
充  やめて! 「若い頃はこれでも、けっこう遊んでたんだ」なんて言うようになったら、おしまいよ。年取ったってこと自分でカミングアウトしてるようなもん。よくいるでしょ、おやじがさ、「俺も、若い頃はヤンチャしたからなあ。あ、このキズ? ああ、何でもない、何でもない」って、ほんとに何でもないキズ、訳ありげにしてみせるあれ。
真人 僕はほんとに何もしてないって。
太陽 箱入り娘だから。
充  あんたは……いいわ、聞かないでおいてあげる。ていうか、聞くのこわいし。
太陽 やめてよ。そんなんじゃないって。
充  (突然)あんたたちって、どのくらいしてる?
真人 してるって何?
充  何ってアレよ。
太陽 アレって何?
充  馬鹿じゃないのあんたたち? アレは「ザット」よ。

短い間

真人 ねえ、もう、帰ってくれる?
充  ごめんなさい、そうじゃなくて、エッチ。

短い間

充  どのくらい? うちさ、もう全然ってかんじなの。まあ、たしかに淡泊なのかもしれない。そう思って、あきらめようとしたわ。でも、この頃ひどいの。だって、一緒に寝るのもイヤだって言うのよ。そんなのってあり?
太陽 まあ、だんだん暑くなってきたしね……
真人 たしかに二人一緒は暑苦しいよね。
充  冷房は入れてます! そういうのって、夫婦の倦怠感っていうの? そういうんじゃなくて、いつまでもいちゃいちゃ愛しあえる夫婦でいたいってそう思ってたのよ。なのに、もう……。だから、どうなの、あんたんちは?
太陽 うち……?
充  一緒に寝てる?
真人 まだ、昼間なんですけど?
充  昼でも夜でもシンプルな質問よ? どうなの?
太陽 寝てるよ。
真人 うん。
充  ……あ、そう。エッチは?
真人 まだ二時前なんだけどなあ。
充  どうなの?
太陽 適当に……
充  適当に、何? 適当にやってるの、やってないの?
真人 やってるよ。だって、一緒に寝てるし……
太陽 ……
充  そうなんだ。(気づいて)あ、そうなんだ、こんな時間までパジャマでいるってことで察するべきだったわね。帰るわ。
真人 何よ。もう、いいわけ?
充  結構です、これ以上は、ノロケ話になりそうだから。ごちそうさま。
太陽 ごめんね。役に立てなくて。
充  やめて、謝るの。もう、絶対に、あんたたちセックスレスになってるにきまってると思ってたのに……。ああ、お幸せに。じゃあね。

充、立ち上がる。

太陽 みっちゃん……
充  お見送りは結構よ。(カップ)これは、流しに置いておきます。
真人 サンキュ。
充  ショックだわ。

と大げさに嘆きながら退場。
ドアの閉まる音。

真人 なんだ、あれ?
太陽 嘘ついた。
真人 セックスレス?
太陽 そう。
真人 してるって。
太陽 そうかな……?
真人 エッチだけがセックスじゃない!

太陽 意味わかんないよ、それ。
真人 じゃあ、セックスだけがエッチじゃない!
太陽 それは完全に間違ってると思う。
真人 そうかな?
太陽 そうだよ。

二人ならんですわっている。

真人 みっちゃんも帰ったし、じゃ、してみるか?
太陽 ……
真人 なんつって。
太陽 ……
真人 いや……なのかな?
太陽 ……そうじゃないけど。
真人 じゃ……
太陽 ……

二人、抱き合おうとする。
と玄関のチャイム。

真人 なんだよ、もう!!(怒っている)

しつこく鳴る玄関チャイム。どんどん鳴る。

真人 宅急便じゃないね。
太陽 いやな予感がする。
真人 行って来る。
太陽 よろしく。

真人、玄関に退場。
その間もチャイム鳴りまくり。リズムをきざんでいたりする。

真人(声) はい、はい!!


真人より先に、太陽の母、林田敦子がやってくる。大荷物をかかえている。

敦子 居留守使おうとしたでしょ? わかってるんだから。はい、これ、おみやげ。すぐ冷蔵庫に入れて。大トロだから、大トロ。それと、マンゴスチン。冷凍だから。早くね!
太陽 もういいよ。そんなに買ってこなくて。
敦子 だって、うちに持ってったって、食べるの私一人だし。大トロよ。大トロ。すっごいの。ちゃんと味見したんだけど、これがおいしいのよ。ちょっと食べてみる。
太陽 やめてよ、食事したばかり。
真人 コーヒー入れます。
敦子 あ、その中にね、ニガウリ茶っていうのが入ってるから、それ飲んでみない? ティーバッグになってるから、一つずつの。血液さらさらになるんですって。みのさんが言ってたのよ、きのう。
真人 あ、わかりました。
敦子 あんたも飲むわね?
太陽 いいよ。
敦子 じゃ、二つ。(少し、考えて)じゃ、三つ。
真人 ……。
敦子 アタシやろうか?
真人 あ、いいです。座っててください。

真人、大急ぎでキッチンに退場。

太陽 何の用よ?
敦子 何よ、その言い方。全然、電話もよこさないし。
太陽 メールしてるじゃない。
敦子 読めないのよ。
太陽 教えたでしょうよ。
敦子 じゃ、もう一回、教えて。そうだ、大トロあげるから、携帯の使い方もう一度教えて。
太陽 さっき、くれたんじゃないの?
敦子 いいのよ、持って帰っても。
太陽 わかったよ。携帯は?
敦子 ……おいてきた。
太陽 じゃあ、だめじゃん。何しに来たの?
敦子 差し入れよ。親心よ。でも、ピンポーンして誰もいなかったら帰ろうと思ってたんだけど。太陽にちょっと相談があって……、ていうか報告?
太陽 報告? 何、再婚とか?

真人、ちょうど入ってきて。

真人 再婚? おめでとうございます。
敦子 違うわよ。そうじゃなくて、もっと微妙な話。
太陽 ……。
真人 あの、僕、席はずしてましょうか?
敦子 いいわ、マサくんもいてちょうだい。二人分一気にすませた方が気が楽。ていうか、私が帰った後、二人で話されてたりするのあれだから。
太陽 何なのよ、相談って?
敦子 えーとね……ちょっと、あんた何、こんな時間までそんなかっこうで……
太陽 着替えた方がいいなら着替えるけど。
敦子 あ、いいいい、そのままで。月曜から入院するの。
太陽 え?
敦子 入院、聞こえなかった?
太陽 それはわかったけど。
敦子 こないだね。検査受けたのよ。ちょっと調子が悪いんで、更年期かしらと思って、西沢先生んとこで。そしたらね、大きな病院紹介するからって言われて……でね、調べてもらったら、子宮筋腫なんだって。でね、とっちゃいましょうって。
太陽 とっちゃうって何?
敦子 子宮よ。卵巣も取っちゃうと大変なんだけどね、更年期がひどくなったりして。これから使う予定もないし、ま、いいかって。(真人に)ごめんなさいね。
真人 いえ。だいじょぶなんですか?
敦子 うん、だいじょぶ、だいじょぶ。一人でやっちゃってもよかったんだけどさ、一応、報告と思って。
太陽 お兄ちゃんは?
敦子 さっき電話したわよ。ひろみちゃんよこそうかっていうから、いいわよ来なくってって。あんたもいいからね、来なくて。
太陽 一人で平気なの?
敦子 平気よ。黙ってて水くさいとか言われるのやだから、言いに来ただけなんだから。そんな深刻になんないでよ。
太陽 だいじょぶなの、カラダ。
敦子 だから、手術するんでしょうよ。
太陽 そんな他人事みたいに……。
敦子 あんたの真似してんのよ。思い出したの。あんたがゲイだってカミングアウトしたときみたいに。仕返しよ。
真人 何なの、それ?
敦子 (真人に)聞いてない? 高校二年のときよね、だから、八年前。朝、遅刻しそうになって、それでも、トースト食べながら、行ってきまーす。って、出てって。そしたら、すぐに戻ってきて、何か忘れ物なのかなと思ったら、「僕ね、ゲイなんだ」って。で、行ってきまーす!って、また出てっちゃって。
真人 そうだったんだ。
敦子 びっくりしたわよ、お父さんと二人。今でも思うのよ。あんたがあんなこと言わなかったら、お父さんまだ生きてたかもしれないって。
太陽 やめて、そういうブラックな冗談。マサ、本気にするから。
敦子 でもね、わかったのよ。そりゃ、あのあと、ちょっともめたけど、さらって言っちゃった方が結局はいいんだって。だから。
太陽 だから……?
敦子 あっさり、言ってみました。以上、じゃあね。ごちそうさま。

敦子、立ち上がる。

太陽 入院ってどのくらい?
敦子 十日から二週間だって。
太陽 お見舞い行くから。
敦子 いいわよ、来なくて。あんたみたいな大きな子がいるの内緒にしときたいし。
太陽 もう……。
敦子 じゃあね、マサくんも。
真人 あ、すみません、家賃の振り込み遅れちゃったみたいで。太陽に頼んだ僕が悪かったんだけど。
敦子 (太陽に)やだ、使い込み?
太陽 ただ、忘れただけです。
真人 これからは僕がばっちり。
敦子 ほんと、一緒に住んでてくれるってだけで大助かり。このマンション、資産価値が上がるのあてにして買ったんだけど、もうね……。マサくん、きれいにしといてくれるし。これならいつか転売するときにも問題なしだわ。
真人 マンションの値段またあがってきてるみたいですよ。
敦子 当てにはしてないけどね。
真人 じゃ。あの、お大事に。
敦子 ありがとね。
太陽 ……お大事に。
敦子 じゃ。

敦子、退場。真人も見送りに。太陽、部屋に一人いる。
しばらくして、真人、もどってくる。

真人 病院聞いておいたから、一緒に行こう。
太陽 いいよ、来ないでいいって言ってるんだし。
真人 だったら、わざわざ言いに来ないって。
太陽 まあ、そうなんだけどね。ほんと他人ごとみたいに。
真人 太陽の真似だって言ってたじゃん。
太陽 あのときはそうするしかなかったんだって。それが一番いいって思ったの。
真人 よかったじゃん、それでうまく行ったんだったら。
太陽 行ってないって。その日の夜、もう大変だった。結局、つき合ってた相手のことまで話すことになって。親までまきこんでもう……。
真人 ほー……
太陽 父親は最後まで、認めてくれなかったしね。母親があんなになったのも、父親死んでから。アニキが結婚して、孫ができて、ようやくってかんじだもん。
真人 でも、今ではよかったって思ってるみたいじゃない、敦子さん。
太陽 そうみたいだね。
真人 八年前か……
太陽 ねえ、マサ、親に話したのっていつ?
真人 話してないよ。話す必要ないし。
太陽 まだそうなんだ。じゃ、僕と一緒に住んでることは、どう説明してんの?
真人 友達だって。
太陽 納得してる?
真人 田舎だからさ、東京は家賃が高いんでみんなそうしてるんだって言ったら、信じてる。
太陽 嘘つき。
真人 まあね。それにくらべたら、敦子さんは幸せなのかもしれないよね。
太陽 息子の恋人に「敦子さん」なんて呼ばれてるし。
真人 ていうか、呼ばせてるし。じゃ、行こうか?
太陽 行くって?
真人 映画。
太陽 そういう話になってたんだっけ?
真人 早く着替えな。何を見るかは、あとで決めればいいし。
太陽 うん。

太陽、着替えに奥の部屋に消える。真人は、片づけをはじめる。
と、太陽が顔を出して……

太陽 ねえ。
真人 何?
太陽 僕、エイズになっちゃった。
真人 
太陽 じゃ、着替えるね。

太陽、引っこむ。

真人 ちょっと待った。今、何て言った?
太陽 着替えてるんだけど。
真人 いいから!

太陽、部屋から出てくる。着替えの途中。

太陽 こないだの検査の結果、ポジティブだったの。HIVポジティブ。
真人 それって……
太陽 まあ、そういうことなんだ。じゃ!

太陽、また引っこもうとする。

真人 じゃ、じゃない。どういうことだよ?
太陽 だから、そういうことだって。
真人 話ってそれ?
太陽 そうそう。
真人 何でそんなにへらへらと……
太陽 そんな深刻そうに話すのってあれじゃない?
真人 十分深刻な問題だろうが!
太陽 やめてよ、怒るの。
真人 何で黙ってたんだよ?
太陽 だから、ずっと言わなきゃなって思ってたんだけど。
真人 あのとき、だいじょぶって言ったじゃないか? 名古屋で。検査の翌日、すぐに結果を教えてもらって。みっちゃんたちと一緒にミソカツ食いながら。嘘ついたのか?
太陽 だから、僕は、ポジティブだったけど、だいじょぶだって、そう思ったんだと思うな。
真人 そんな……
太陽 だって、言えないじゃない。そんなふうに。宝くじ売り場でインスタントくじに当たったみたいには……。
真人 ……。
太陽 病院には行ったんだ。どうしていいかわかんなかったから、うっちゃんに相談して。彼、サポートグループのスタッフしてるから。もう一度、検査した方がいいってことになって、で、やっぱりそうだったってことがわかったの。
真人 ……。
太陽 まだ、症状も何も出てないし、免疫もぜんぜん下がってないし、今まで通り普通に生活しててダイジョブだって。だから、ダイジョブなんだって。
真人 ……それでだったんだ。
太陽 え?
真人 ゆうべ。なんで黙ってたんだよ?!
太陽 なんだか、夜っていうのはよくないような気がしてさ。今日は天気もいいし。これから出掛けるぞっていう楽しい気分の時の方が、ショックが少ないんじゃないかと思ってさ。うちの母親も言ってたじゃない、さらって言っちゃった方が結局はいいんだって。なんだそうじゃんって思ったから……
真人 言ってみたと?
太陽 そういうこと。
真人 そんな簡単な問題じゃないだろ?
太陽 そうなんだよ、たぶん、そうなんだけど、そんなに複雑な問題でもないような気がする。
真人 気がする?
太陽 いくら考えても、言い合いしても、検査の結果が変わる訳じゃないから。

太陽 ごめん。
真人 いいよ、あやまらなくて……。

真人、座って顔を手でおおっている。

太陽 泣かないでよ。
真人 泣いてないよ。
太陽 泣いてるじゃん。
真人 どうすればいいんだよ。
太陽 どうもしなくていいんだって、今のところは。だから、ダイジョブだって。ね!
真人 俺がなぐさめられてどうするんだ。
太陽 うん。

太陽 なんだかすっきりした。ほっとした。よかった、話せて。ありがとね、ちゃんと聞いてくれて。
真人 うん。
太陽 じゃ、出掛ける。僕は着替える。マサは顔を洗う。
真人 ああ。

真人、キッチンに向かう。

太陽 ねえ、マサ。僕も話したんだから、マサも言っちゃいなよ。何で犬が嫌いになったのか。
真人 ああ……。
太陽 あっさりとね。
真人 うん。
太陽 言ってみ。
真人 死んだんだ。俺の腕の中で。

太陽 僕は死なないよ。たぶん。
真人 わかってる。

太陽 顔洗う。
真人 うん。

真人、退場。

太陽 ねえ、やっぱり犬飼ってみない。みっちゃんに頼んでさ。ねえ、マサ。

返事はない。ドアが開いて閉まる音。

太陽 !?

 太陽、ソファに座って、正面を向いている。
 両手を広げてソファに仰向けに倒れる。

暗 転 

    
2、病院

前の場面から数日後。病院の廊下。
平日の午後。
太陽が歩いてくる。
反対側から、望月裕二。
すれ違う二人。

裕二 あの……
太陽 (立ち止まり振り返る)?
裕二 ごめんなさい。あの前に一度会わなかったかなと思って……
太陽 え?
裕二 南新宿の検査所で……。先週の木曜日。部屋から出てきて、そのまんま帰ろうとしたから声かけて。「バッグ」って。
太陽 (思い出して)ああ、あのときの?! そのせつはどうもありがとうございました。
裕二 そんな……。携帯、戻りました?
太陽 うん。あの後、南口まで歩いてから、ないのに気がついて、すぐ戻ったら。受付で預かっててくれて。
裕二 バッグ渡すときに、気がつけばよかったんだけど。
太陽 そんな、ぼーっとしてる僕が悪いんだから。
裕二 こんなところで会えるなんて。
太陽 すっごい偶然。……でも、ないか?
裕二 かもね。今日は?
太陽 あちこち病院紹介されたんだけど、やっぱりここかなと思って。今日はね、もう一度検査。それとこれからどうするかって相談。
裕二 あ、そう。
太陽 まあね。でも、なんだか、うれしいな、また会えて。僕、自分以外のポジティブな人に会うのって初めてなんだよね。って、喜ぶことじゃないよね。
裕二 え? ああ、平気、平気。
太陽 今日は? 検査? 
裕二 え? まあ、そんなかんじ。
太陽 もう終わったの?
裕二 ううん、これからかな?
太陽 そう。

裕二 ごめん、やっぱりちゃんと言っておくことにする。
太陽 え?
裕二 なんだか、誤解してると思うんで。あの、僕、ダイジョブだったんだよね。
太陽 へ?
裕二 だから、あの日、先に帰ったじゃない。あの後、結果聞きに言ったら、ダイジョブだったんだ。

太陽 なんだ、そうだったんだ。ごめんね、勝手に思いこんじゃって。よかったね。
裕二 うん。
太陽 でも、じゃあ、なんでこんなところにいるわけ?
裕二 風邪ひいたんで、内科に。うち近所なんだ。で、ちょっと……
太陽 ちょっと?
裕二 どんなかな?と思って見に来ただけなんだけど……。ここ、エイズの治療で有名なところなんだってね。あの後、いろいろ調べたらわかってさ。
太陽 ダイジョブだったのに?
裕二 うん。結構ショックだったんだよね。僕もあの日、結果、聞きに行ってて。しばらく一緒に待ってたじゃない? そしたら、先に呼ばれて。人のことなんだけど、すっごいドキドキしながら待ってたら、ずーっと出てこなくて、しばらくしてから。ぼーっとして出てきたじゃない。で、バッグ置いたまんま帰ろうとして。で、バッグ渡したら、椅子の下に携帯が落ちてて。ま、僕がバッグ渡したときに落としたのかもしれないんだけど。そのくらいいっぱいいっぱいなんだと思ったら、余計におっかなくなっちゃって。
太陽 ごめんね、無駄にこわがらせて。
裕二 あの頃、ずっと風邪気味で。今もそうなんだけど。感染してすぐ風邪に似た症状があるとかって言うじゃない? だから、すっごいおっかなくて。もしかして、もう発症してたりしたらどうしようって。今日も見てもらったら、ただの風邪ですって。ごめん。少し、はなれるね。風邪うつしちゃうといけないから。

裕二、遠くに離れる。

裕二 このへんでどう?
太陽 いいよ、そんなとこ行かなくて。話しにくいから。
裕二 そう?

裕二、戻ってくる。

裕二 前も同じようなことしてて。朝起きたら、足のここんところにすっごいあざができてて、それが何日経っても消えないんだよね。で、すっごいこわくなっちゃって。これって、そういう病気なんじゃないかなって。エイズじゃなくても、梅毒とかかもって、心配になって、ここに来たら、ただの打ち身ですって言われて。それでも、心配だったんで、血液検査受けたら、どっちもダイジョブだったんだけど。
太陽 よかったね。
裕二 あ、ごめん。
太陽 だから、いいって言ってんじゃん。あやまらなくて。
裕二 でも、ポジティブだって、聞いちゃったし。
太陽 いいよ、別に。どこの誰かも知らないどうしだし。
裕二 それなんだけど……
太陽 何、他にもどっかで会ってる?
裕二 忘れてった携帯、受付に渡す前に、ちょっと見ちゃって。ほら、連絡先とかないかと思って。そしたら、自分の番号のところに「これを拾った方へ、連絡先はこちらです」ってメモしてあったから。
太陽 (非難する)見たんだ?
裕二 だって、書いてあるから。よくなくすの、携帯?
太陽 わりとね。鍵とかもしょっちゅう。
裕二 音の鳴るモノつけておくといいっていうよ。落としたとき気がつくじゃない。
太陽 ……。
裕二 だから、受付に預けるとき、どうしようかと思って。「今出てった林田太陽って人のだと思うんですけど」って渡そうかと思ったんだけど、あそこって匿名で検査受けるじゃない。だから、それもよくない気がして。だから、中身見られないようにロックして渡したわけ。
太陽 ……?
裕二 僕と同じ機種だったから、使い方知ってて。連絡先に連絡するのも、何だかあれかと思ったもんだから。
太陽 不思議だったんだよね。いつもロックしないのに、どうしたんだろうって。
裕二 僕のしわざ。あ、だから、名前知っちゃってるんだ、ごめん。
太陽 いいよ。もう、会うこともないし。
裕二 ……そうだね。
太陽 じゃあ。風邪、お大事にね。
裕二 うん。
太陽 携帯、ありがとう。

太陽、歩いていく。後を追う裕二。

暗 転 

>>>その2>>>